ビワハヤヒデ、逝く

93年の菊花賞、翌94年の天皇賞・春、宝塚記念を優勝したビワハヤヒデが30歳で老衰のため逝去したというニュースが流れてきました。

私が競馬を始めたのは、3冠馬ナリタブライアンが誕生した1994年ですが、そのひとつ上の半兄がビワハヤヒデです。有馬記念での兄弟対決が期待されていましたが、94年の天皇賞・秋で5着に敗退(人生初の、現場観戦)。その後、屈腱炎が判明して引退し、ドリームレースは幻となりました。

ビワハヤヒデ世代は、皐月賞をナリタタイシン、ダービーをウイニングチケットが勝ち、3強の世代でしたが、そのうちナリタタイシンも今年に亡くなっており、残るはウイニングチケットのみとなりました。

当時の競馬では「3強」というフレーズがよく聞かれましたね。この後は、サクラローレル、マヤノトップガン、マーベラスサンデー。エンコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィーク。2強ではテイエムオペラオー、メイショウドトウなど、プロレスでいえば「名勝負数え唄」が展開されていました。ライバルがいるとファンも盛り上がりますし、馬たち自身もそうではないかと思います。最近はあまりそのような傾向がないような気もしますので、そんな構図を待ち望んでいたりするオールドファンです。

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