久しぶりに歯医者に行った。
私は歯医者が苦手だ。
基本的に予約をして行かなきゃいけないタイプの病院が苦手で、心療内科もよく忘れてすっぽかす。
しかし、心療内科はそんな患者をたくさん相手にしてるだろうけど、歯医者は厳しい。
ピンク色の看護服を着た受付の方が、困った顔で「次は忘れないで下さいね」と釘を刺す。
釘を刺されてしまうと、次もすっぽかす自信がある私はだんだんと気後れしてそのうち有耶無耶になって行かなくなってしまう。
歯医者というのは、自分にとってそんな存在だ。
別にあの機械が怖いとかじゃないんだけど、なんとなーく気の進まないものなのだ。
一番最後に歯医者に行ったのは、10年以上前で、親知らずを抜きに行った。
当時行ってた会社の近くの「親知らずを抜くのが上手い」という評判の歯医者で、看護婦が皆可愛く、やたらと看護服のスカートが短く、2階に診察室があるために院内に螺旋階段があり、今だったら問題になりそうな歯医者だった(当時もどうかと思ったけど)。
親知らずを抜くのが下手な歯医者に出会ったことがないのでわからないけど、確かにそんなに痛い記憶はなかった。
ペンチでグリグリと親知らずを抜かれ、釘を抜かれる木の気分になり、歯医者って結構アナログなんだな…としみじみした記憶がある。
その前の記憶は、多分実家に暮らしている頃なので、もう20年近く前になる。
歯医者で具体的に何をしたかは覚えてないのだけど、待合室でゴルゴ13を読んでいた。
その巻の冒頭の回は一向にゴルゴが出てこず、ゴルゴの放った弾らしきものだけが出てきた。
待ち時間に少しずつ読み進めたものの、歯医者の通院が終わっても、結局ゴルゴの姿を見ることはなかった。
そんなわけでかなりの期間、歯医者に行ってなかった。
というよりも避けてた、が正しい。
で、そんな自分が歯医者に行こうと思った。
私は4月に結婚式をする身なので(ってできるのかな)、ちょっと前から歯の黄ばみが気になっていたのだ。
最近、歯周病に効く歯磨き粉に替えたら、口の中はスッキリして良いのだけど、研磨剤が入ってないので歯が黒ずんできたのだ。
最初だんだんと歯が黒ずむので、「何故だ…」と思ったけど、「研磨剤は入ってません」の歯磨き粉のパッケージの一言は「なるほどこれか」と思った。
「歯磨き粉ってクレンザーみたいなもんなんだね」としみじみ。
これにも飽きたらず、あるとき口の中に違和感を感じたら、なんと欠けた歯が出てきた。
いよいよこれはまずいと思い、重い腰を上げ歯医者を予約する(思いと重いで韻を踏みました)。
会社の先輩が通っている、会社の近くの歯医者に行った。
先輩からはとくに何も聞いてなかったけど、この歯医者はちょっと変だと思う。
まず行ったその日は院長のワンオペだった。
受付はWebで管理され、ピンクの制服の受付の女性がいない。
歯医者と言えば、やたらと眠くなる音楽がかかるイメージなのに、米津玄師がかかっていた。
米津玄師のレモン、アナ雪1のレリゴー、パプリカと、何曲かリピートされているので、有線ではないっぽい。
やたらと米津玄師がかかるので(先日は髭ダンもかかっていた)、院長の趣味な気がする。
歯医者に来て終わるまで違和感だったのだけど、このJ-POPのせいだろう。
まぁ、それ以外にも違和感だらけなんですけど。
まずはワンオペの院長に「歯が欠けたのを調べたいのと、4月に結婚式があるのでをクリーニングしたい」旨を伝えた。
ふむふむという感じで歯を覗き、レントゲン撮影をされたそのあとだった。
いきなりワンオペ院長が高そうな一眼レフカメラを持ち出し、私の口の中をバシバシ撮っていった。
グラビアアイドルってこんな感じかなと思いつつ、それよりもある意味恥ずかしい口の中を大きく開けさせられ、バシバシ撮っていく…これは歯のグラビアだ…となる。
歯のグラビアを撮り終えたあと、今度は目の前の液晶画面に自分の口の中が写し出された。
奥歯に明らかかに「虫歯」とわかる黒い点があり、「こ、こ、これ虫歯ですか…?」と思わず聞いてしまった。
「虫歯ですね」と言われ、うっかり「…虫歯ってこんなわかりやすいものなんですね…」と言ってしまったが最後、ワンオペ院長は『虫歯の例一覧』を見せてくれた。
「白いのもあったり、歯の奥が黒くなったりもあるんですよ〜」と言われた。
私は「白いのとか奥が黒いよりは虫歯的にマシっぽい気がするぞ」と思ったものの、何かを察したワンオペ院長が「色は関係ないですけどね〜」と釘を刺してきた。
歯のグラビアを見せてもらい、ワンオペ院長に一通り説明されたあと、「今日はとりあえずクリーニングと歯石取りですね。歯は欠けてないです。歯石が落ちたんじゃないですかね?」と言った。
「虫歯は歯石取りが終わってからにしましょう」ということで、その日は歯石取りをした。
歯茎が結構下がっているのも心配だったし、そもそも「歯磨きは大丈夫そうですか…?」と聞いたら、「歯磨きはまぁ、そこそこですね。歯茎が下るのは、これだけ歯医者に行ってなければ下がっても仕方ないし、そもそと加齢も関係してますからね〜」と言われた。
歯磨きに自信がない私は、内心「歯磨き叱られなかったぞ!」という気持ちになった。
「でも、歯磨きはあくまで現状を維持するためのものですからね」とまた釘を刺された。
続けて私は、歯についての長年の悩み『出っ歯』と『受け口気味』なことについて相談した。
そうしたら衝撃的な答えが返ってきた。
「歯が前に出てるのは口が開いてるからですね〜。噛み合わせは問題ないので受け口ではありません。口ってゴムバンドの役割をしてますからね〜。あっ、口呼吸は良くないですよ。寿命も縮まりますからね〜。」
サラッと怖いことを言うワンオペ院長。
「口呼吸で寿命が縮まるとはどういうことでしょうか…?」占い師に怖いことを言われたかのような態度で恐る恐る聞く。
「鼻は空気を取り込む際のフィルターの役割があるんですけど、口はフィルターがないからですね〜。」とのことだった。
私が長年悩んだ歯並びの悩みは「口が開いている」所為だったのだ。
そしてその後、普段意識をしない口に意識を向けたら、「ヤバイ…!私、人生ずっと口が開けっぱなしだわ…」と自覚するのだった。
アレルギー性鼻炎のために子どもの頃から口呼吸していたからなのだけど、思わぬところに二次災害が起きていることを知り「歯医者に行ったのに、これは耳鼻科にも通わないといけないのか…」という気持ちになった。
うちひしがれながら、その日の歯医者は終わった。
二度ほど歯石取りが続き、いよいよ虫歯の治療になった。
しばらく虫歯の治療をしてなかったので、改めて虫歯の治療をしたら、子どもの頃は何をサッパリやられているのかわからなかったのだが、大人になると「なるほどこのためにこの作業してるんだな〜」という発見があった。
口の中をバキュームで吸い取られているのも「なるほど唾液除去かぁ」ということを思ったり、変な紙をカチカチさせられるのも「これは噛み合わせのチェックかぁ」と気づいたりした。
虫歯治療の際、一度唾液の放出に耐えられず、唾を飲み込んだところ、ワンオペ院長が「あぁっ…!」と叫んだ。
そうして、それまでやっていた作業をやり直ししていたので、「唾を我慢できず申し訳ない…」という気持ちになった。
そんなことがありながら「歯医者の作業というのはどちらかというと彫金とかそういう作業に似てるなぁ」とふと思うのだった。
しかし、口の中だと舌もあるし、唾液も発生するので彫金作業のようなことをするのは、特に子どもの患者さんの場合大変だろうなぁとしみじみ思う。
その後は昔詰めた詰め物が黄ばんでいるので、詰め物を詰め直した。
ワンオペ院長は今度は詰め物を付けては固めるネイリストのような作業をしていた。
「ま、詰め物なんでね、ピッタリ境なくってのは出来ないですが、まぁ、前よりは目立たないでしょう」とのことだった。
ワンオペ院長は初回はワンオペだったけど、その後は受付や看護師さんがいたので、ずっとワンオペではないようだった。
さすがこんな歯医者なので、受付の人もゆるく、一度雪が降るのではないか?という寒い日に行ったら、大雪が降る地域の中継のニュースを観ながら「大変そうだよねぇ」と言われたことがある。
加えて私は一度予約をすっぽかしたのだけど、ワンオペ院長は特に咎めることもなく、「あぁ、そうでしたっけ?」みたいな態度であった。
そんな態度だったので、私も少し歯医者に行くのが気が楽になった。
何より歯石取りと虫歯治療と歯の詰めものの直しで計3回で歯医者が終わったので、長々と通わなくてよかったのもありがたかった。
「次は半年後にまた歯石取りに来てくださいね〜」と言われて、「もうしばらく行かなくてもいいのか!」と同時にワンオペ院長が結構面白い(聞いたらなんでも教えてくれるので歯オタクだと思う)ので、ちょっと終わっちゃって寂しい。
しかし、これ以上通院したところでまたすっぽかすだろうと思い直した。
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