ザ・ドランクン・アンド・チェイサー #2

扉をくぐると、そこはバーであった。明るすぎず暗すぎない、柔らかな灯り。小気味良い音楽。そして奇妙な感覚。安らぐような、それでいて油断ならないアトモスフィア。どこかで味わったことがある、そんな気がした。 1

「ようこそ、サイレント・オア・ビジーへ」漆黒の燕尾服に身を包み、ワインレッドの髪と瞳をもつバーテンダーが話しかける。「はじめまして、私はオーナー兼バーテンダーを務めさせていただいております、レイ・ド・ブランです」 2

「ドーモ、トル・ヴァルキリアです。こっちの寝ぼけてるのがジン」「さてミス・ヴァルキリア、どのような一杯をお出ししましょうか?」レイは柔らかく笑み、問いかける。「ヒヤミズくれ。2杯な」トルは不躾に即答した。レイは嫌な顔ひとつせず、流麗に、即座に冷水を2杯差し出した。「どうぞ」 3

「ドモ、アリガト」トルは米俵めいて担いでいたジンを床に根転がし、一杯目の水を顔に注いだ。「ゴボーッ!」鼻から水を吸い込んだジンはむせて飛び起きる。間髪入れず、フードを脱がせ2杯目の冷水を背中に注ぐ。「オワーッ!」「目ェ覚めたか」 4

「このバカ!何しやがる!」「噂のユーレイ・バーだ。いつまで寝ぼけてんだドアホ」「他にやり方があるだろ!お前それでもレディ——」「お二方」レイが割って入る。「お静かに。他のお客様もいらっしゃいますので」柔和な声色であったが、ある種の威圧的アトモスフィアを放っていた。 5

「「スミマセン」」2人は気圧され、一瞬目配せをし、ジンが口を開いた。「アー、ハジメマシテ。ここがユーレイ・バーかどうか確かめにきた」「ユーレイ・バー、ですか。なるほどなるほど……」レイはシンキング・マンのポーズをとった。 6

「この場所はネットを介してさまざまな場所と繋がることができます。能動的というよりも受動的にですが。この場所に憩いを求める者に、ここへ通じる道が開かれる……といったところでしょうか」レイは淡々と語った。 7

「それはつまり……」トルは視線を上に泳がせ思考する。「オレ達がこの場所に来たいと思ったから扉が現れた?」「そう考えるのが自然でしょう。というのも私自身にも原理は理解しきれていないのです。ところで……」レイは柔らかく笑んだ。「次のドリンクはいかが致しましょう」 8

ジンとトルは一瞬目配せをし、ジンが口を開く。「その前に、ニ、三確かめたいことがある。LITSという名前に聞き覚えは?」レイの目つきが鋭くなり、表情が険しくなる。「どうでしょう。スナック菓子の名前ですか?」 9

「アンタ嘘をつくのが下手だな。彼女達と共闘したこともあるし、実際怪しくない。この街から彼女達が消えた理由、足取りを追ってる」レイの表情は変わらない。「仮にその話が本当だったとして、あなた方に知らせずに立ち去ったということは、そうする必要があったからではないでしょうか」 10

「オレはその理由が知りたいって言ってるだろ」トルが身を乗り出す。「何か知ってるだろ、なァ」「知りません。知っていたとしてもお客様の情報を売るわけにはまいりませんので」「ア?力ずくで聞き出してやってもいいんだぜ?」「やめろ」ジンが諌める。 11

「悪いな、レイ=サン。こいつはものの頼み方ってのを知らない。次の質問だ。このバーはどの世界に存在してる?」「それもお答えできかねるのですが——」レイは2人を品定めするような目で見やった。「先程『この街から』と仰いましたね。お二方はシチリアからご来店を?」「ああそうだ」 12

「フム……。では、あなた方の世界とは別の世界に存在している、とだけお答えしましょう。……それを知って、どうするつもりですか」レイの目つきは鋭いままだ。「そっちの世界から何か情報を吐引き出せないかと」「おやめください」 13

「自らの欲望のままに、然るべき手順を踏まずにそのようなことをすればどうなるか考えましたか?」「ン……」ジンは押し黙った。図星、考えなしだったからだ。「まどろっこしい真似しやがって。最初からこうすりゃ良かったんだ!」トルは隙をついて、レイの個人端末に手を伸ばす。 14

「おやめくださいと……申したはずですが!」レイは目にも止まらぬ速さでトルにアームロックをかけた!タツジン!この男もニンジャなのだろうか!?「グワーッ!」「自分達の行動がどれほどの事態を招くか、熟考されましたか?」レイはさらに腕を締め上げる!「グワーッ!」 15

「それ以上いけない。俺が抑えておくべきだった、離してやってくれないか」レイは警戒したまま、アームロックをほどいた。「痛えだろバカァ!」「バカハトッチダーッ!」ジンはトルに怒鳴りつけた。「お二方」レイは静かに、しかし力強く言った。 16

「お二方はよく頭を冷やすべきです。そこで!」2人の目の前に、氷水が並々注がれた大ジョッキが2つ出された。「どうぞ」((どうぞ、って言われてもなァ……))2人が躊躇っていると「私の出した水に何かご不満でも?」レイは笑顔でそう言うが、明らかに怒りのアトモスフィアを伴っていた。 17

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果たして、2人はジョッキを飲み干した。「「ゲェーップ」」「少しは頭も冷えましたか?」「「アッハイ」」2人は疲弊していた。「あなた方はまだ信頼するに値しませんが——」レイは冷たい視線を向ける。「少なくとも聞き分けが悪い方ではない、と認識しましょう」 18

「結局振り出しじゃねーか」トルはつまらなそうにぼやき、ジョッキに残った氷を齧り始めてカウンターに突っ伏した。「地に足をつけて考えるいい機会ではないでしょうか?」レイは落ち着いた笑みを向ける。「わかんねーよそんなの」レイを一瞥したのち、再び突っ伏する。19

「わからない、ということがわかっている。着実に歩んでいる証拠です」「やめてくれよ、ここはジュニアスクールじゃねぇだろ?」突っ伏したままトルは気だるげに答える。「ですが大事なことです。自分と向き合うためにはね」 20

「近頃のバーテンはカウンセラーも兼任してんのか?」「酒を出すだけがバーテンダーではありません。お客様に憩いの場を提供することが、私の仕事ですから」レイは自慢げに眼鏡の位置を直し、静かに笑った。「楽しそうだな」「ええ、楽しいですよ。思い通りにならないことも含めて、ね」 21

「ワカル」ジンが頷いた。「俺は漁師の助手をしててな、仕事の合間に遊びで釣りもするんだ。金にもならねぇ、アタリもハズレもある。でもなんだろうな、釣果だけが全部じゃねえって感じがするんだ。チャドーにも通じる感じが——」「わかった。お前が釣り好きってことがな」 22

「つまり俺が言いたいのは———俺何が言いたかったんだ?」ジンは険しい顔をして、人差し指で己の額をトントン叩いた。「私たちは間違いを犯すのではない。ただ楽しいアクシデントに見舞われるだけだ」レイがしたり顔で言った。「それだ!」 23

「有名な画家の言葉ですね」「そう。行き先が見えていても見えていなくても、勇気を持って一歩踏み出す。そうやって少しずつ積み重ねていくもんだ。そうやって立ち直り、新しい目標を見つけよう、な?」ジンはトルの背中を優しく撫でてやった。「オレに何ができるってンだ」 24

「アノルドの手伝いから始めてもいいし、たまにやってるヨージンボーを本格的にビジネスにしてもいい、お前はニンジャだからな。ネオン=サン、フレイ=サンみたいに歌を歌ったりしてみるのもいいんじゃないか」「わかんねぇよ」トルは突っ伏したまま声を振るわせ始めた。 25

「泣いてるのか?」「泣いてない」「泣いてるよな」「うるせえ」見かねたレイはカクテルを用意することにした。「では私からささやかなプレゼントを」レイは流麗な手つきでカクテルを完成させ、トルに差し出した。控えめなハーブの香りを漂わせる、真紅のカクテルである。 26

「こちらはチンザノカシス。カクテル言葉は『難問にも円満の方向へ向かう挑戦者』です。今のあなたが飲むべきカクテルだと思いますよ」レイはトルをまっすぐに見据えた。トルは上半身を起こし、カクテルを少しずつ口に含み、味わい、飲み込む。 27

「ハイボールの方がよかったんだけどな。でも、アリガト。なんか元気出てきた気がする」トルはカクテルの残りを一気に飲み干した。「お気に召していただいたようで、何よりです」レイはそう告げると、カウンターの空いたグラスを片付け始めた。 28

「さて、当店もそろそろ閉店とさせていただきたく思います。ではいつもの挨拶をさせていただきます」すると来店を知らせる小さな鈴が鳴り、レイは入り口の扉を見る。「おや」つられてトルとジン、会話を楽しんでいた他の客も入口に視線を向ける。少女だ。 29

少女はまだ10代といった顔立ちで、背は高くなく、赤い髪に赤い瞳、そして赤い装飾をあしらったシスターの服装を身を包んでており、口元は薄布で隠されている。そのバストは豊満だった。「ご来店いただき誠に恐縮なのですが、当店はこれより閉店いたします」レイは少女に告げる。 30

「ああお構いなく。私も用事が済めばすぐに退店するので」少女は悪戯な笑みを浮かべる。「はて、用事とは?」首を傾げるレイをよそに、少女は両手をあわせてオジギをする。「ドーモォ、デチューンです。この領域をジャックしに来ました!」 31

トルがアイサツを返すより速く、レイはデチューンに向かって手をかざした。「ンアーッ!」デチューンはドアの外に吹き飛ばされる!フシギ!「あんた一体何者だ?」トルはレイを睨んだ。「ただのオーナー兼バーテンダーですよ」かざした手でドアを閉め引き寄せる動作をすると、入り口のドアが消滅した。 32

次に入り口とは反対方向の壁に手をかざすと、新たなドアが現れた。「閉店の挨拶もなしに不躾で申し訳ありません。お客様におかれましては、あちらから退店願います」客たちは各々レイを案じる言葉をかけ次々に退店していく。 33

「なるほどな。ここの感覚、コトダマ空間に似てるんだ。あんたがこの領域の権限を持ってるなら、そりゃあこのくらいの芸当は朝飯前ってわけだな」「ご明察、ミスタ・ジン。あなた方は退店なさらないのですか?」トルとジンは臨戦体制だ。「ニンジャっつーことはオレの出番だからな」 34

「俺『達』だ、俺『達』!コトダマ空間でのイクサなら多少は心得がある。あとは……」ジンはレイとトルに耳打ちする。「それならば。しかし、本当にいいのですか?」「上手くいくか?それ」「成せば成る!……来るぞ」KRAAAAASH!天井を突き破ってデチューンが再エントリーした! 35

「随分と手荒い歓迎ですねぇ。初対面の客にそこまでしなくても良いじゃないですか」デチューンはシスター調ニンジャ装束についた埃をはらう。「ドーモ、レッドスプライトです。初対面だろうがなんだろうが店にも客を選ぶ権利があらァな」トルはニンジャネームを名乗りアイサツをした。 36

「確かに少々やり過ぎた感は否めませんねぇ。私はそこの殿方とお話をしたいだけなのです」デチューンはジンを指差す。「こっちに用事はないが、長居するとバーテンダーに迷惑がかかるんでな。やらせてもらう!」ジンとトルはデチューンにカラテを仕掛ける! 37

「やだぁ、『ヤる』だなんてはしたないことを。ウフフーッ!」デチューンは黄色い声を上げながら応戦する。トルのチョップ突きをいなし、ジン回し蹴りをブリッジ回避!デチューンはそのままバク転で距離を取るが、2人は追いすがりワンインチ距離を保持! 38

「「イヤーッ!」」トルとジンは息を合わせ、デチューンをレイの方向に弾いた!「ンアーッ!」なすがままに等速直線運動めいて吹き飛ぶデチューン!「エイヤーッ!」レイは手をかざし、フシギ斥力で再びデチューンを2人の方向に押し戻す!「ンアーッ!」 39

「「イヤーッ!」」押し戻されてきたデチューンに対し、トルとジンは2人がかりでチョークスラムを決めた!「ンアーッ!」「レイ=サン!もう一度だ!」ジンが叫ぶ!「エイヤーッ!」レイは最大斥力を3人にぶつける!「「ウオオーッ!」」「ンアーッ!」 40

3人は壁に大穴を開けて外の空間に叩き出され、1人残されたレイは空間の修復を始める。指揮者めいて手を振り指を振るうと、瞬く間にバーは修復された。フシギ!「やれやれ」レイは自分用に作っていたチェイサーを呷る。 41

「あの女ニンジャ……まさかね」レイは1人思案する。「もし君が私を傷つけたいがために、私の友人たちに危害を加えようとするなら……」誰にも聞こえないほどの小さな声だった。様々な感情が去来し、レイは右手を強く握りしめた。 42

ザ・ドランクン・アンド・チェイサー #2 おわり #3 に続く

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