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ゲリラ監査役 青海苔のりこ

「数字の入力ひとつできないのか!いつまで学生気分なんだ!ボケ!カス!今すぐやめてもらってもいいんだぞ!何とか言えオラァ!」

 夜更けのオフィスにイヤミ課長の叱責が響き渡る。
 叱責はすでに20分超に及び、その間の決裁や叱責対象の新人の業務も滞っている状態だが、誰も言い出すことが出来ず、オフィスにはただただ重苦しい空気が漂うのみであった。
 
 そのときだ!
  GASYAAAAAAN!!!!
 換気扇が内側から破壊され、通気口から痩せ気味の女性が這い出てきたのである!
 年は30前後、褐色の肌。
 長い金髪をポニーテールにまとめ、左手首には青白く発光するパワーストーン付きミサンガを3つも身に着けている。
 余りの出来事に狼狽する社員を意に介すことなく、女は課長の席に近づくと、新人を押しのけ右の掌を思い切り机に叩きつけた!

 「ゲリラ監査役、青海苔のりこです。先ほどの行為がパワハラと認定されました。つきましては契約内容及び社内規定に従い処罰します」
 冬の日本海のように冷たい声だ。

 「な、なにを言っとるんだこの女は?ゲリラ監査役なんて聞いたことないぞ!それにこれは立派な社員教育だ!おい誰か守衛を呼...」
 「その必要はありません」
 「グワーッ!」
 抗議が終わるより早く、のりこのハイヒール前蹴りが課長の顔面を直撃したのだ!

 「これが契約書なのでよくご覧になってください」
 のりこはのたうち回る課長の眼前に1枚のA4用紙をかざした。
 そこには

  ・ゲリラ監査役は24時間365日いついかなるときでも本社の業務を
   監視する権利が与えられる。
  ・ゲリラ監査役は上記監視に際し労働関連法規違反、ハラスメント行
   為、その他コンプライアンスに反する行為などを認識した場合、独
   断により必要な処置を講ずる権利が与えられる。
  ・上記行為は全ての業務命令及び法律に優先する。
  ・報酬は月28万円とする。

などの恐ろしい内容が綴られていた!


「わかりましたか。二度と他の従業員を肉体的・精神的に傷つけてはいけません。わかりましたか」
 再びの警告!
「で...でもこんなことまで禁止にしていたら会社が成り立...アバーッ!」
反論が終わらぬうちに脇腹にハイヒールストンピングが叩き込まれる!
「わかりましたか」
「いやしかし...」
 バッチーン!
 耳たぶホチキス攻撃だ!
 「グワーッ!アッアッアバババババーッ!!」
 「わかりましたね」
 「よくわかりました!」 
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で課長は答えた。

「それから」
突如出現した暴力の嵐に戸惑うだけだったオフィスを一瞥し、のりこは課の面々に静かに語りかけた。
「皆さんは定時にタイムカードを押したというのに、午後8時45分になっても業務をしているようです。これでは残業代の正確な把握が困難となってしまいます。理由はなんですか」
「か...課長の指示で...」
先ほど叱責されていた新人が恐る恐る答える。

「今のは本当ですか」
のりこは課長の襟首を掴んで無理矢理上半身を引き起こし問いただす。
「は…はい。社長の指示でして…」
「そうですかわかりました。今すぐ課の全員を帰宅させてください」
「はいよろこんで」

 課長の返答に優しく頷くと、のりこは入ってきた換気扇の通気口に潜り込んでいきオフィスから姿を消した。
 帰宅準備を終えてオフィスを出ようとした新人は、その通気口奥から男女のやりとりが聞こえてくるのに気付いた。

 「誰がお前を雇っていると思っ...グワーッ!」
 「残業代は全額支払う義務があります」
 「俺の腕!腕がーッ!救急車!誰かきゅうきゅ... グワーッ!」
   「全額払う義務があります」
 「脚!俺の脚ーッ!!」

「もう辞めよう」彼はそう呟き、タイムカードを破り捨ててゴミ箱に捨てると、玄関の自動ドアを抜けて空を見上げる。
 そこには無数の星が新しい門出を祝福するかのように瞬いていた。
 憑きものが落ちたようなスッキリした顔を前に向け、駅に向かう。

 「そこの貴方、備品を破壊しましたね?」
 背後からまるで冬の日本海のような冷たい声が聞こえてきた。

【終わり】


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