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『彼岸島』について本気で語らなければならない気がしてきたんだ

前置き

 何故かはよく分からないが、『彼岸島』について呟いたら、若干バズってしまった。

 年明けから『彼岸島』でバズるって、ツイッター初めとしてどうなんだチクショウ!

 さて。ここまでバズると引用RTとかリプライとかで、いろんな人の『彼岸島』やこのページについての感想が届いてくる。

 で、(体感的に)一番多いのはこのページについて笑った系のコメントで、その次くらいに(体感的に)多かったのが「『彼岸島』はギャグ漫画だから……」系のコメントだった。

 ちょっと、ううむ、と思ってしまった。

 もしかして、俺、「『彼岸島』はギャグ漫画だぜ!」って拡散してしまったことになっていないか……?

 いや、このページを抜き出したのは「『無駄コマを作るな!』みたいな漫画指南の話が流れてきたな~でも、『彼岸島』とか無駄なコマだらけだけど、なんか独特な面白さがあるよな~」という流れだし、俺も「クソみてえな旗、ほんとにクソみてえだな……」「噛みつき爆弾型吸血鬼www」と毎週の如く『彼岸島』で笑っているタイプの読者なので説教する資格はないのだけれど、でも、バズってしまった、となると申し訳なくなる。既にネット上には『彼岸島』はギャグ漫画だって話がアホみたいにあるとしても。

 何故なら、『彼岸島』は、揶揄するような読み方じゃなくても、抜群に面白い漫画だからだ。

 というか、ちゃんとした意味で面白くない作品(あるいは面白かったことのなかった作品)が、何十年も連載を続けられるほど週刊漫画誌の世界は甘くない。

 だけど、どうも『彼岸島』はその、ちゃんとした面白さについて少なくともここ最近は余り語られていない気がする。

 そこで思った。

 バズるとツリーで何かしらの宣伝を挟むのがツイッターマナーだ。

 ここで俺が、『彼岸島』の”面白さ”について、ちゃんと宣伝するべきではないだろうか。


そもそも『彼岸島』ってどういう漫画だ

 まず、『彼岸島』について、ちゃんとした書誌情報も知らない人も割といるんじゃないかと思うので、最初に説明しておこうと思う。

 『彼岸島』は2002年より週刊ヤングマガジンで連載されているホラー漫画である。途中、二度ほどタイトルを変えていて今は『彼岸島 48日後…』というタイトルで絶賛連載中だ。

 大まかな粗筋を説明しておく。

 主人公、宮本明は商店街の青果店の次男坊だ。

 高校卒業という人生の転機を前にしてくすぶる彼が気にかかっているのは主に二つ。

 一つは、地元の友人たちとの人間関係。ずっと片思いしていたあの娘とか、腐れ縁の気の良い奴らとか、彼らとの関係がこれからどう変わるのか、どう変えるのかとか、そういう話だ。

 もう一つは、失踪した兄貴、篤のことだ。

 勉強も運動も、何もかもできる優等生だったが、突如蒸発してしまった兄貴。今は一体、どこで何をやっているのか……

 そんなことを考えて過ごしていたある日、明のもとに謎の美女が現れる。彼女はどうやら、篤の行方を知っているらしい。

 詳しく聞いて、明は愕然とした。篤が今いるのは彼岸島という国内にある小島で、そこにはなんと、吸血鬼たちが住んでいるというのだ。とてもじゃないが信じられない話だったが、実際に吸血鬼に遭遇した彼らは、最終的に信じざるを得なくなる。

 明は、仲間たちを連れて彼岸島へ行くことにしたが……

 といった感じだろうか。

 ネットで流れてくる画像だけだと判断つかないかもしれないけれど、タイトルの彼岸島はちゃんと島のことだし(年中ヒガンバナが咲いているのが由来)、なんかよく分からない剣とか丸太を戦っている明さんもちゃんとした人間だ。

 身内を探すため、化け物の住む場所へ向かうというストーリーは、そんなに珍しいものではないと思う。それこそ、洋モノのホラーでは定番だろう。吸血鬼の住む町や島だって、スティーヴンのキングさんとか、すぐに思い出せるはずだ。

 外部から隔絶された日本国内の田舎の島、という舞台の不気味さも横溝正史とかのミステリーでは定番だし、『彼岸島』の連載開始時期周辺では、既に『TRICK』とかドラマでパロディされていたくらいだ。

 『彼岸島』は、粗筋とかの道具だてだけでは、連載開始時点でも、そんなに新規ではなかったものだと思う。

 しかし、最初に言った通り、この作品は抜群に面白い。

 何が面白いのか。

 それは、登場人物のキャラクターと、その中での人間関係である。


『彼岸島』は青春ストーリーである!

 はっきり言えば、『彼岸島』は、キャラクターの魅力で成立している物語だと思う。

 で、その魅力とは何か、と問われれば、人間臭さ、青臭さの描き方である。

 そもそも松本光司先生という漫画家は、ホラーでデビューした作家ではない。

 彼のデビュー作「彼女は笑う」(『彼岸島 兄貴編』に収録)は、閉鎖空間に閉じ込められた若者たちの間での心理の揺れを描いた短編であるし、ヤングマガジン本誌での初連載作品の『クーデタークラブ』は女装趣味の学生の青春模様と革命を描いたサスペンス作品だ。

 初期の『彼岸島』も、このラインに基づいた、ねっとりとした青春模様がウリである。

 その中心にいるのは、主人公の明の持つ、コンプレックスだ。

 粗筋でちょろっと書いたが、彼は幼馴染との人間関係と、兄貴の件で、二つの悩みを持っている。で、実はどちらも、明が悩んでいるのは嫉妬であったり、自分の情けなさの部分なのだ。

 幼馴染との人間関係の方でいうと、明は、ずっと好きだった女の子ユキへの想いが潰えている。ユキは、同じく幼馴染グループのリーダー格ケンちゃんと付き合っているのだ(ユキは明が自分のことが好きだってことは知らない。ケンちゃんは察しているけど、ケンちゃんは滅茶苦茶に良い奴なので調子乗って「うぇーいw」とやるのではなく、ちょっと悩んでいる)。今話題のBSS(僕が先に好きだったのに)だ。

 また、兄貴についても、明にとっては憧れの対象であると同時に、嫉妬の対象でもあった。

 勉強も運動もできて、友達や彼女との関係も上手くいっていて、何もかも完璧。彼が失踪したあとも、親は何度も「篤がいればな……」と呟く。

 明は、ケンちゃんに対しても、兄貴に対しても、劣等感を感じまくっているのだ。

 そんな劣等感の塊の明だったが、彼には一つ、才能があった。

 それは、想像力である。

 幼い頃から小説家志望だった明は、いつも、面白い話を空想している。仲間内では飲み会の〆に明の面白い話を聞きたい、としているくらいだ。

 何もかもに自信のない明にとって、この想像力というのは自分自身の存在意義を証明する手立てであったし、何よりも、みんなが自分の話を聞きたがるのが好きだった。

 そして、ある日突然、そんな明の想像力が輝く時がやってきた。

 吸血鬼のいる島に篤を救出にいくという、小説や映画の中での話としか思えない、ぶっ飛んだ状況の中に放り込まれることによって……というのが、『彼岸島』の縦の筋なわけである。

 ちょっと捻れた、暗い人間関係が、極限の状況の中で更に捻れて、その中で明は成長していき、周囲の人間の明を見る目も変わっていく。

 で、これは、もう、完璧に青春ストーリーの構造なのである。

 血まみれのスプラッタ・ホラーの中に、芯の太い青臭い人間関係の物語がある。これが、初期の『彼岸島』の最大の魅力なのだ。

 『彼岸島』について真面目に語られるときであっても、クリーチャーデザインであったり、ホラーとしての怖い場面であったり(あの人間サンマの初出のシーン、チビるくらい怖いぞ)が中心で、このへんの話は語られない傾向にあると思うのだけれど、個人的には、それらのシーンが輝いて見えるのも、細かいところが気にならない異様な迫力があるのも、明の物語があってこそ、だと思っている。


というわけで、18巻まで読んでほしい

 で、そんな明の青春ストーリーとしての筋が、完璧にまとまるのが『彼岸島』無印18巻なのである。

 この巻で何が起こるかを語りすぎると、興味を持った人の興を削ぐと思うので詳しくは言わないけれど、この巻で、明の青春ストーリーとしての『彼岸島』は一つ区切りがつくのだ。

 正直なこと言えば、『彼岸島』は、この18巻以降は蛇足である面すらあると思う。それでも無印の『彼岸島』が終わる33巻までは漫画史に残る傑作だし、『最後の47日間』『48日後』も相変わらずキャラ作りと人間関係がうまいので、泣かせるシーンが滅茶苦茶あるのだけれど。

 ちなみに上のバズったツイートのページは、確か、この18巻にある。で、読んでいるときはそんなに違和感がない。それ以上に圧倒的に面白いからだ。


まとめ

 というわけで、ネットではあまり語られない部分の『彼岸島』について話してみたのだけれど、いかがだったろうか。

 本当に、本当に『彼岸島』は面白い漫画なのだ。

 「読んでもないのにネタにするな」と説教したいわけじゃない。

 ただただ、普通に面白いので、読まないのはもったいないかもよと言いたい。それだけである。

 その上で、ネットの面白画像として出回っている各部分の抜き出しコマを見てもらいたい。きっと……読む前よりも、もっと、笑っちゃうから。

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