潰れた
それは、潰れていた。
人々は通り抜けた。潰れたそれを避けながら。
元々は形があったそれも、潰れたそれからは、元の形が想像できない。どのくらいの大きさで、そのくらいの手触りだったのか。人に懐いたのか、何かあったらすぐに噛み付くものだったのか。よく吠えたのか。どんな声で吠えたのか。
潰れたそれは、ただそこに潰れているだけなのに、強い自己主張をし、人々はそれを避けた。俺に触るんじゃねー、それは、そう告げていた。
きっと誰も、それを哀しみを持っては見ないだろう。それが生きていた時の気持ちなんて、誰も想像しないだろう。そして、何故そこで潰れることになったのかも。
いつか雨風が、潰れたそれを洗い流し、人々が気が付かない間に、そこから消えてなくなるだろう。でも、そこに何らかの記憶が残る、そこを通る人々がすっかり忘れたとしても。通る人がすっかり入れ替わったとしても。
潰れたものは、そこに居続ける。そして、それが、それの墓標となろう。私の名前が刻まれたそれは、私が生きた細やかな爪痕となって。
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