見出し画像

ペイント今昔物語(後編)

ペイント今昔物語の後編にようこそ。先月の8310ラジオで、「昔のミニチュアシーンでは、みんなどのようにペイントしていたんだろう?」と言う話題が出た。ミニチュアペイント。今まさに現在進行形でこのホビーを楽しむ人にすれば、今の環境が昔からずっとあるものだと思える(そしてそれはいいことだ)。

ペイント今昔物語は、70年代以前の黎明期から現在に至るまで、ミニチュアペイントシーンにおける塗料の変遷と、それにまつわるシーンの流れ、様々なエピソードを紐解くシリーズ記事。今日はその後編を届けよう。

画像1

前編では、70年代以前から80年代中期の欧米、および80年代末から90年代初頭の国内におけるミニチュアペイントシーンとその塗料、アプローチや背景について解説した。未読の人はここから読んでくれ。

80年代中期から現在に至るまでの欧米シーンと、90年代中頃から現在に至るまでの国内シーンは、まさに水溶性カラーの時代となる。

後編では、“産業革命”にあたる初代シタデルカラーの登場からその足跡を辿り、代替わりにまつわる動きとシーンの変遷を見つつ、ファレホ、コートデアームズ、アーミーペインター、Scale Colorなどなど、様々な水溶性カラーの登場経緯とそれぞれのエピソードを紹介していく。最後は、今後の動きについても予測するとしよう。

それじゃあ行ってみようか!

ミニチュアペイントの産業革命
水溶性カラー「シタデルカラー」の登場

画像2

1985年。ゲームズワークショップは、自社ブランド「シタデル」の名を冠したミニチュア用塗料の展開を開始する。それは、油絵具、絵画用水性アクリル、模型用塗料(エナメル・ラッカー・水性アクリル)が割拠していたミニチュアペイントシーンにおける、文字通りの革命となった。

水溶性アクリルカラー(Water Soluble Acrylic Paints)は、絵画用アクリルと同じく、水によって希釈し、水分の蒸発によってアクリル樹脂が定着することによって塗膜を形成する塗料の総称である。

そしてその白眉であるシタデルカラーは、絵画用アクリルのように鮮やかに発色し、油絵具のようになめらかで均一に薄められ、ラッカーほどではないがゲームに用いても剥がれない強固な塗膜を持ち、エナメル塗料のように伸びが良く、なおかつ仕上がりは半ツヤあるいはツヤ消し。

加えて有機溶剤を用いず、換気設備も必要ない上不燃性であり、塗れば5分ほどで乾くという速乾性と、画材としての安定性(ポット内で変質・乾燥しにくく、また乾燥後も色味が変わらない)と言った点もあった。

一言にまとめると、シタデルカラーは、今までシーンに存在していたありとあらゆる画材や塗料を、過去のものにしてしまったのである。当初は9色から始まったシタデルカラーは、その後も着実に色数を増やし、88年には40色を超えるラインナップを持つに至った。

シタデルカラーが最強になった3つの付随要素

シタデルカラーが一気に英・欧・米シーンでのスタンダードとなり、他の塗料を物凄い勢いで駆逐できた要素は、単にそれが物凄い性能だっただけではなく、他に3つある。

一つは、シタデルカラーの圧倒的性能を余すところなく見せつけた、シタデルミニチュアの作例群だ。月刊ホワイトドワーフには、シタデルミニチュアのペイント作例が毎月登場し、シタデルカラーによるペイント法解説が、物凄い熱量と分量で展開された。

これらの連載は、初期はジョン・ブランシェやフィル・ルフィスなどが担当したが、88年には、伝説のペイント仙人マイク・マクベィを筆頭とするヘヴィメタルチームがその役割を引き継ぐ。

レイヤリングやエッジング、ステイニングやグレイジングといった、今日でも(そしてペイント大全でも)受け継がれる数々のペイントテクニックは、マイク・マクベィ率いるヘヴィメタルチームの手によって確立され、ホワイトドワーフや各種ペイントガイドで、シーンに共有されるノウハウとなった。

ヘヴィメタルチームの方法論は、ドライブラシとシェイディングが主流だった今までのミニチュアペイントを根本的に塗り替え、また、以前は油絵具の専売特許だったブレンディングによる「境目のないグラデーション」は、レイヤリングという新機軸のテクにより、油絵具だけの優位点ではなくなる。

ヘヴィメタルチームは、レイヤリングとグレイジングの組み合わせによって、今まで油絵具でしか得られなかった仕上がりを、無臭安全な水溶性カラーで実現できることを実証したのである。

ミニチュアシーンはこの変化を、大歓迎と共に受け入れた。

画像3

二つめは、各地のローカルホビーコミュニティーである。当時インターネットはなく、ミニチュアホビー(特にゲーム)を楽しむ上で、既存のローカルコミュニティーに所属するか、あるいは自分たちでローカルコミュニティーを形成する必要があった時代だ。

ここから先は

12,361字 / 26画像

寄せられたサポートは、ブルボンのお菓子やFUJIYAケーキ、あるいはコーヒー豆の購入に使用され、記事の品質向上に劇的な効果をもたらしています。また、大きな金額のサポートは、ハーミットイン全体の事業運営や新企画への投資に活かされています。