聖書を通して働く神の力

聖書から
自分に都合の良い箇所だけを
切り取って用いる人によって
傷つけられた人と共に
「聖書を読む会」
いわゆる
「聖書研究会」を
オンラインで継続してやっている。

私は、クローズドで
必要な人が
出来るだけ同じメンバーで
継続する集会を
ファシリテートすることが
好きだし
意義を見出している。

同じメンバーが
継続して集まることで
信頼関係を築いていくことができる。

そうすることで
安心して
疑問や心の内を
少しずつ
言葉にしていって欲しい
と思っている。

牧師が
答えを持っている
という構図を崩す。

みんなで聖書を読んで
疑問を出し合う。
あるいは
その聖書の言葉が
いまの自分にとって
どのように響くのか
分かち合う。

疑問に対しては
みんなで考える。

必ずしも
答えが分からなくてもよい。

心に留めておいて
事あるごとに
思い巡らしていると

時が来たら
神は氣づきを
与えて下さる。

そう信じて
共に聖書を読む。

聖書は
異なる訳を
読み比べるのだけれど

訳によって
解釈が変わることにも
氣づいていく。

傷つけられた教えの
根拠となる聖書の箇所を
共に読むと

背景を知ったり
文脈に沿って
よくよく読むと
教えられて
信じていた教えと

聖書が言わんとすることが
異なることに
氣づいていく。

少しずつ
少しずつ

聖書の言葉で
傷つけられた傷を

神は
聖書を用いて
きっと癒して下さると
信じて

聖書を
「共に読むこと」を
地道に続けていく…

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