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人間は硬貨を投げる動物

アメリカの動物園でワニが飲み込んだ硬貨を胃から取り出す処置が行われた。
ワニはミシシッピワニのティボドー君36歳、白い体に青い目を持つ白変種で動物園の人気者だ。
そのティボドー君の胃から取り出された硬貨は70個にもなる。
それだけ飲み込んでいた理由は、園内の池に硬貨を投げ込む客が後を絶たないからだ。

人は水辺を見ると釣り糸を垂らすか硬貨を投げ込む性質がある。
寺社仏閣の池や水溜まりにも5円10円などの硬貨が大抵投げ込まれている。
水質の悪化に繋がるので止めてほしいと訴えても、入れる人は後を絶たない。
ご利益など何もないと言っても聞かないようだ。

水辺に硬貨を投げ入れる習慣は世界中の観光地で起きている。
大きな理由はイタリア・ローマのトレビの泉の逸話だろう。
泉に背を向けてコインを投げ入れると、再びこの地へ戻って来られる。
それ自体は古くからある風習だったが、映画「ローマの休日」のヒットにより世界中に広まって、挙げ句ローマでもトレビの泉でもない水辺にまでコインが投げ入れられるようになった。

一方、日本で水辺に硬貨を沈める習慣は賽銭に端を発している。
賽銭は昔からある寺社仏閣への寄進に由来し、自分の田畑などで取れた米や作物を収めていたのが金銭に変わったものだ。
それで賽銭箱が作られて、「浄財」などと言い出して、チャリンチャリンと音を鳴らしたほうが目立つと思われて現在のシステムが誕生した。
その結果、参拝者は敷地内の水辺もありがたがって硬貨を入れるようになってしまった。
だからある意味で自業自得とも言えると私は思っている。

そして全ての根本として、人間は物を投げるのが好きというのも理由にある。
人間は物体を掴んで遠くへ投げたい本能がある。
なぜならそれは人間をはじめ類人猿だけが行える運動だからだ。
ウマにもカラスにもイルカにもそれはできない。
手指が発達したサルだけがそれを行えて、さらに器用な人間だけが的を射ることができ、それにより科学技術を生み出して、戦争を起こして、反省して、今度はもっと上手くやろうと考えるのだ。

人が物を持ってどこかへ投げ入れてしまうのは、抗えない本能だ。
それが手元にあって持ちやすい硬貨となり、場所がワニの池や神秘的な水辺になってしまうだけだ。
ということで、私はワニ池の前に箱を作って、硬貨を入れると餌が出る装置を作れば良いと思っている。
寺社仏閣は、僧兵でも配備して棒で突けば良いんじゃない。

【一日三報】

【Forbes】花粉症は日本国民の半数以上に もっとも多いのは静岡県

以前も書いたけど、これ「たかが花粉症ごとき」だから「まあ大変ねぇ」で済ませているけど、致死性のあるウィルスだったらとっくに全滅しているよね。
ということは、結局誰も本気で対策しようとは思っていないんじゃないかな。

【Gigazine】そわそわしがちなADHDの人は「探検家」のような遺伝的特性がある可能性

コロナ禍の頃に「集団生活が苦手な人は、パンデミックを避けて存続を望むことを求めた遺伝子の多様性」みたいな話があったけど。
もしかすると人類が移動して狩猟採集する生活を送っていた時はそっち系の人が多かったけど、定住して農耕牧畜する生活を送るようになってからはこっち系の人が多くなったのかもしれない。
私も自分では探検家タイプだと思っている。
ただし体力はナメクジレベルだから、一番役に立たないと思う。

【CNN】2億4000万年前の「竜」、全身の化石を科学者が公開

2億4000万年前となると、人類は遭遇していない。
でも人類の祖先、ネズミ型の哺乳類よりもさらに前、なんか魚っぽい奴の頃には見ていたかもしれない。
その記憶が脈々と受け継がれていき、やがて中国の「竜」と西洋の「ドラゴン」の違いが生まれたとしたら、ちょっと面白そうだ。

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