見出し画像

【インタビュー】所有者の視点から見た文化財 vol.1 -京都 世界遺産 栂尾山高山寺-

栂尾山高山寺(とがのおさん こうさんじ) は、京都の北西、高雄にあるお寺。
8世紀に開創し、13世紀初めに明恵上人が後鳥羽上皇より高山寺の寺名を賜りました。鳥獣戯画をはじめ、鎌倉時代以降の貴重な史料を1万点以上所蔵し、その史料群とともに1994年に世界文化遺産に登録されました。境内には鎌倉時代の建築や、日本最古の茶園、明治の数寄者がたてた茶室などが今も使われつづけており、生きた文化財の宝庫です。
今回は、日々お寺で生活され執務もとられている執事長の田村さんに、お話をうかがいました。

画像1

お寺は田村執事長にとってどのような場所ですか?

お寺は私にとっては生活の場でもあり、お仕事の場でもありますが、何より「人が集まる場」と考えています。

私の子供時代を振り返ると、学校帰りにはよくお寺で遊んでいました。レジャー施設などがあまりなかった時代でもあり、お寺は今よりもっと身近な場所でしたね。

かつてここで過ごした記憶があることが、文化財にとってはとても大切なのです。ですから、高雄小学校をはじめ地域の子供たちにはお話をしたり、虫やカニや蛍に親しめるような場を用意しています。

先代からは「お寺には人が集まらなくては駄目だ」とも言われていました。子供に限らず、ここに訪れた時の記憶を持ち帰って、それをご自身の心のルーツとしてほしいと思います。

ずっと続いてきて、今も行っている年中行事には何がありますか?

毎月1回金堂でおつとめをしています。これは比較的日常的なリズムを刻むようなことであり、その時々の世情や自分自身をふりかえり、ご祈祷しています。

年中で大切な行事はまずは、11月8日のお献茶式があります。明恵上人は茶園を日本にもたらした人でもあり、京都の宇治のお茶事業者の方々が参列されます。

次に1月19日の明恵上人命日忌法要です。4月8日には花祭りがあります。

何があっても続けていく年中行事をやりながら、どのようなことを思いますか?

いかに長く続けるか、というのもお寺の使命の一つです。年末の除夜の鐘もやめるわけにはいきませんね。

台風にしても、高山寺は雨の被害が多いです。私が来てからの40年でも5,6回は土石流にやられました。明恵上人が築かれたこのお寺の維持管理をいかに良くのちの世に残すか、その仕事を宿命として受け止めています。もちろんお経を読むことも大切ですが、残すことが一番の仕事ではないか、と思います。

先代もお金が入ったら投資や貯蓄をせずに、なるべくすぐにお寺のために使いなさい、と言っていました。当初は不思議だなと思っていましたが、だんだんと理解できるようになりました。私は社会人を経験してから僧籍に入りましたので、その経験をもって考えると、蓄財に対しての先代の考えには、納得がいく点が多くありますね。

お寺は裕福でなくて良いのです。ぎりぎりで良いです。

あえて大きな蓄財をしてこなかったことで、視野を広げることにもなりましたし、所有者として保守的になることを避けられたような気もします。

ところで、たまたまなのですが、高山寺は若いときに自分がお坊さんになると思っていなかった人が、社会に出てからお寺に入る、ということが5代ぐらい続いています。だから人と人の出会い、ご縁を大切にするオープンな雰囲気がここにあるのでしょう。

これもひとえに明恵上人の影響だとは思います。「あるべきようわ」ですね。ひとそれぞれのあるべきようわを受け入れる素地がお寺の歴史にあります。

所有者として維持管理していくことと、文化財保護法の制度はマッチしていると感じますか?

はい、そう感じます。高山寺には1万点ほどの文化財がありますが、国からその保存費用に対して半分の補助はいただいています。そのことは本当に感謝しています。個人での保存はとても難しいので。

ただ、宝物が多い分、資金繰りは大変です。

拝観に来ていただいた方の拝観料は文化財の保存にすべて回しています。高山寺としては、そのようなサイクルが望ましいと考えています。その動きの中で、明恵上人について、知っていただく方が増えることがお寺にとって最も大きな価値と考えます。

「活用する」というよりも「布教する」という方が、私にとってはなじみやすいイメージですね。お寺を使ってビジネス的な価値を取り出すのではなく、お寺の文化財や明恵上人を知る人が増えることが目的です。

拝観される方には何を伝えたいですか?

お寺の縁起や歴史的なことはもちろんですが、できるだけ石水院で直接、拝観の方に明恵上人のことをお話させていただいています。

直接お話すると、みなさまの体験の一部になるようで、喜んでいただけるようです。

今、明恵上人について伝えることには、どのような意味がありますか?

明恵上人は、狭くなっている現代人の視野を広げて、楽にしてくれる方です。川端康成、白洲正子、河合隼雄などの文化人が心をよせてきた理由も、そういうところにあると思います。

ひとりの人間として、生きるうえでの矛盾や葛藤に対して率直に向き合ったひとです。お坊さんですが女性について考えてしまったり、自分が見た夢の日記をずっとつけたり。ある意味アウトサイダー的でもありますね。それらを包み隠さずおおらかにとらえている広さがあります。

明恵さんは、本当におすすめなんです。

COVID-19感染拡大の影響はありましたか?

お客様が減って、私自身の行動範囲も狭くなりました。ただ、これも長い歴史の中でとらえるべきことだと思います。つまり、繰り返されるものだということです。

繰り返し自体が世の中だと思います。

今は、我慢のときで、他の発想をしたり、普段できないことをしたり、するときです。ちょっとした片付けや、本読んだりなんかでもよいのです。蓄える時ですね。

歴史的なお寺としてCOVID-19感染終息後に、世界がどうなったらよいと思いますか?

今は先が見えないので、あわてて計画をしても意味がありません。そういうときは今を生きることを考えます。

では、今はどういう時かというと、人と人が会いにくい時ですね。ただ、その分、いつもより人を想いやることができます。会えない人や、行けない場所について、いつも以上に想像力を働かせることができるのです。そのことをよくかみしめて、しっかりと実行することが今を生きることだと考えます。

―――

インタビュー当日は、すっかりと夏のしつらえになったお部屋でお話をうかがいました。

画像7

お話し中にも、窓の外に訪れる鳥の声を聴いたり、モリアオガエルの卵に成長ぶりを教えてくださったり。
毎日この場にいる田村執事長ならではの視点が伝わります。

画像2

窓の外のモリアオガエルの卵。

画像3

国宝に指定された石水院では、拝観の方々と気軽に会話を交わされます。

画像4

毎日、明恵上人の存在を感じながら、管理にあたっておられます。

画像5

盛夏へと移り行く景色の中で、「繰り返すことが世の中」とのお話をいただきました。

画像6

写真展「所有者の視点から見た文化財 -京都世界遺産 栂尾山高山寺-」
写真・空間デザイン:相模友士郎
日程:2020年8月11日(火・祝)-9月13日(日)
場所:無鄰菴 洋館1階 (京都市左京区南禅寺草川町31)
料金:無鄰菴入場料のみ
入場方法:無鄰菴ではCOVID-19感染拡大防止対策として、2020年8月現在、9時~17時の間の一時間ごとに15名様を上限とした予約入場制となっております。詳しくは下記の予約ページよりご確認ください。
ご予約はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?