かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page8】
二、ハルと学校 ②
校舎の廊下に下校する生徒や部活に向かうジャージ姿の生徒の声がにぎやかに聞こえてくる中、ようやく受付に男性教師らしい人が姿を現しました。
この人がありさの担任なのかな?と会釈をするハルに
「ご苦労様です。教務担当の石川です。1年D組の藤崎ありささん、本日欠席ですね。今日は退学されたいというご相談ですか?」
(もう……ちゃんと伝わってない!)
ハルはいらだちを極力抑えなくてはと思い、ゆっくりと言葉を選びながら
「いえ、そうではなくて、ありさが退学をしたいと言い出しまして。さきほどは退学届を出したとお伝えしたと思うのですが、あの、それは間違いで、すみません、退学願いの書類をもらってきたということでした。その原因が担任の先生との行き違いにあるようなので、できれば担任の先生とお話しして……あ、もちろん本人が先生と話すのが一番だとは思いますが、今、出先で怪我をして、病院で治療を受けているので。あの、診断書はいただいています。ファックスですが。奥多摩の病院なので。今日は本人と保護者に代わって私が担任の先生と少しお話しできないかと。そう思って来たんです。担任の先生はもうお手すきではないですか?授業時間も終わったようですし、少しのお時間でいいので」
石川はファイルの書類を少しめくってから
「藤崎ありささんから退学願の書類の申請は出ていませんね。4月からの記録を見てもそのような事実はありません。本人と保護者さんがそれを希望するならまず書類を申請して記入提出後、日を決めて面談して学校長の印をもらってから諸所の手続きとなりますが、どれも記録がありません」
「え?姉の話ではありさが退学願いの用紙をもらってきたと言って、見せたそうですが……」
「こちらではお渡ししていないということです。まあ、生徒の間でコピーのようなものが出回っているらしいという話は耳にしたことはありますが。用紙にはナンバーが付いているので正式に申請されたものでなければ、受理することもありません。おうちに帰ってもう一度本人と話し合ってみてはいかがですか?」
ハルは石川の事務的な物言いに、役所に行って申請書類が不備で帰される、その時のような気持になりました。
(いや、役所だって今はもう少し話を聞いてくれるし、お客様扱いしてくれるのに!ここで引き下がらないから!)
「あの、まあ、私は保護者ではないんですが、毎日同じ屋根の下で一緒にご飯を食べて共に生活している大人として、ありさのことを心配して担任の先生と少しでもお話しできればと思ってきたんです。そもそもありさが退学したいと思ったのは担任の先生がありさにカラーコンタクトしているだろうと言われたのが発端で、その事実はないので、していないと言っても繰り返し繰り返し、先生にねちねちと言われるのがつらいと……」
ハルはしまったと思いました。この言い方だとモンスターペアレントとのような感じに受け取られるかもしれない。
石川の表情はそれほど変わりませんでしたが、ややあって、
「それではこの廊下の向かい側の面談室で少々お待ちください」
ハルはやっと靴をスリッパに履き替え、校舎の中に足を踏み入れたのでした。面談室とかかれた部屋にはテーブルとパイプ椅子があり、腰かけて待つことになりました。
(担任に会うのに、どれだけ時間がかかるのやら……)
しかし、そこで10分、20分経っても担任は現れません。
(もういい加減にしてよ……)
その時、ドアをノックして男性が入ってきました。
「お待たせしました。学年主任の豊田です。担任の戸部は今、所用で出かけていますので私が代わってお話を伺います」
(え~、まだ担任に会えないのか……)
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