台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page11】

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二、ハルと学校 ⑤

「あら、いらっしゃい、須藤さん。みちるちゃんの就職先のお世話をいただいたそうで、ありがとうございます。さ、上がってください。そうだ、須藤さん、夕飯は?おむすびでよかったらありますけど」

「ありがとうございます。でも、すましてきましたから」

「じゃあ、リビングでお茶でも。みちるちゃんといっしょに」

「あの、玉置さん、みちるとありさが本当にお世話になっています」と頭を下げる須藤に

「あら、お世話だなんてとんでもない。下宿人として住んでもらって、いろいろと手伝いもしてもらって、女子がいると華やかだし、助かるんですよ。それから、ハルって呼んでくださいよ。みんなそう呼んでますから。あ、みちるちゃん、須藤さんがおみえになったよ。座って。今お茶入れてくるから」

「あの、どうぞおかまいなく。あの……みちるからありさが家出したと聞いて、どうなったか心配だったもので……みつかったそうですね。いろいろとご心配おかけしてすみません」

 ハルはほうじ茶を淹れて須藤とみちるの前に出しながら

「なんだか不思議な縁でね、夏に奥多摩からうちに迷い込んできたミズキという中学生の子の親御さんが、今度はありさを奥多摩で助けてくれたんですよ。あちらはお医者さんだからけがが治るまで診てくれるそうで。といってもけがはたいしたことなくて、心のほうがね……他人が見ても、ちょっと不安定なのがわかるんだと思いますよ」

 須藤はよくわかるというようにうなずいて

「そうですね、ありさはちょっと難しい子です。調子がいい時と悪い時の波があります。体調も精神的なものと連動していますから。よく熱を出したり、ちょっと空気の悪いところだとすぐに気管支喘息を起こしますし、とにかく周囲に対して過敏な子で……」

 ハルの隣でうなずいて聞いていたみちるが、思い出したように

「あの子はあたしが受験勉強でたいへんなときとか、遠足の前の日とかによく熱を出すから……須藤さんにはよくお世話になってました」

「みちるは小学生、ありさはまだ小さい時に施設に来たんです。親に甘えた記憶のあるみちると、そうでないありさは違うんでしょうね。親を失ったことは大きなショックには違いないんですが、親に甘えて受け入れられてきた子は立ち直ってからの心が落ち着いているというか……、自己肯定感というんですか、そういうものがありますけど、ありさは、強がっていても、いつも不安で、落ち着かないんでしょうね。いつも誰かにかまってもらわないと捨てられた気持ちになるんでしょう。身近な人が忙しいときに限って具合が悪くなるんですよ。病気の時は無条件に優しくされますし、心配してもらえるから。仮病というわけじゃなく、病気を自ら招き入れるというか、人の愛情を常にに確認しないといられないというか......」

 それを聞いて、ハッとした顔でみちるが

「そうか、あたしこの頃自分の就職がなかなか決まらないし、学校のレポートはあるし、いっぱいいっぱいでありさのことかまってやれなかった」

 須藤はみちるのほうに向きなおり

「みちるちゃん、あなたはほんとうに頑張ってきたわよ。ありさの面倒を見ながら、高校通いながらバイトして進学塾にも通って勉強して四年制大学に通って、管理栄養士の資格も取って……。すごいことよ。施設にいる子は高校卒業と就職で精いっぱいの子が多い。中には中退して出ていかなきゃならなくなった子もいる中、ほんとによく努力してここまできたと思って。だから、私の元職場の病院の栄養士さんに推薦したの。もちろん家庭の事情も話したし、なによりもね、逆境に負けずに前向きに努力を続けて、結果を出して。それをお話したら、病院長がぜひ会ってみたいって。病床数ではそれほど大きくない中堅どころだけど、評判も悪くないところよ。辞めることになった管理栄養士さんもご主人の親の介護の関係で、あちらのご実家のほうに二世帯住宅を建てて引っ越すからで、待遇とか人間関係とかの理由じゃないから。あ、それからね、採用が決まったら、栄養士さんが離職するまでの間、みちるちゃん、そこでバイトしてみては?って。働いてみて決めることもできるから」

「ありがとうございます。面接で落ちないようにがんばります」

「面倒見の良さはありさも同じなんですよ。施設では年齢の高い子が下の子の面倒をみます。みんな弱い立場の気持ちがわかってるんです。だから理不尽に権力風吹かす人が許せなかったり、逆に自分の弱さを隠して強い者のそばで何とか生き延びようとしたり、施設を出た後の生き方はいろいろですけどね」

「ありさは許せなくてトラブル起こしちゃうほうですね」
 みちるは苦笑いをしながら言いました。

「あー、そのことなんだけど、みちるちゃん、ごめん!あたしやっちまったかもしれない」

 ハルは頭をかかえました。そして、今日ありさの学校に担任に会いに行って待たされた挙句に会えず、事務的な学年主任にいらだち、責めるようなことを言いつのり、さらにパワハラとかセクハラとかの言葉を口にしてしまったことの経緯を話しました。

「自分は親代わりのつもりで担任と話せば何とかなるなんて思って、ことを荒立ててしまっただけかもしれない。これまでみちるが学校や塾でじっと我慢してきて、やっと自分の道が開けたっていうのに……」と肩を落とすハルに須藤が

「ハルさん、そんなことはないです。ありさの味方になってやる人がいるだけでありがたいです。ありがとうございます」

 黙って話を聞いていたみちるも口を開きました。

「ハルさん、ありがとうございます。ほんとはあたしが行かなくちゃいけないのに……。あたしは学校でも塾でも嫌なこといっぱいあったけど、自分じゃ先生に言えなかった。その分、友達に話したり、ハルさんに話したりして何とかバランスを保ってたんです。ハルさんが塾に乗り込んでやるって言ってくれた時はうれしかった。でも自分だけ受かって、友達がまだのときに何かあったら、友達に恨まれちゃうと思って……。ほんとは許しちゃいけないことだと知っていたけど。ありさの担任のことだって、自分で言えないのもわかる。ほんとはあたしだって気持ち悪い。許せない気がするんです。でも我慢しろって言っちゃって……う、う、ううう……」

 みちるの目には涙があふれてきました。

 それを見た須藤も目頭を押さえ……

 そのとき

「あ、おかえり!壮介さん、今リビングに入っちゃダメだって!ママが」

「こら、裕太!しっ!お風呂終わったんなら部屋に戻って!」

 リビングの入り口には住人と今帰宅したハルの息子の壮介が立っていたのでした。

「あらあら、すみません、すっかり長居しちゃって、私。今日はハルさんにお会いできてほんとによかったです。みちるとありさを今後ともよろしくお願いします!」

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