ゆうすずみ

かすかべ思春期食堂~女剣士ミズキの旅【Page18】

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五、食堂ハル ⑤

顔を上げると、転んで脱げたミズキの下駄をくわえた犬と男の人が心配そうに覗き込んで

「どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」

「大丈夫です」幸い痛むところもなく、立ち上がれました。

「顔色があまり良くないようですな。さては何か見ましたか?時々あるようです。このあたりは時代の痕跡も魂も残すところだから。それでうちの石は全部こちらに向けて結界を張っているんです」

(出るとか、結界とか……何?もうやだ!)

「私、もう戻らなくちゃ。それでは」

「ひとりで大丈夫?家まで送ってあげますよ。どこまで帰るんですか?」

「自分の家ではないんです。食堂ハルというところに行くだけですから」

「ああ、ハルさんのところ。それなら僕も行こうと思っていたところだから一緒に行きましょう。ちょっと待って、犬を店に連れて帰るから」

 その男の人が犬を連れて入った店のウインドウをのぞくと、一面に墓石が同じ方向を向いて並んでいました。

 さっきの交差点まで来たとき、向こう側から

「ミズキちゃーん!」と大声で呼ぶ声がしてそちらを見ると、手を振っているありさでした。

「ミズキちゃん、探したんだよー!」と駆け寄ってきました。

「すみません。お友達と男子は?」

「うん、ちょっと会ったけど、まあ、いいやって、別れてきた。どうせ学校でまた会えるし。ごめんね、一人にしちゃって。さあ、帰ろう」

「ただいまー!」

「あら、ありさ、ミズキちゃんお帰り。バーベキュー全部焼いちゃったよ。皿に盛ってあるから食べて。あら、石屋さんもいっしょなの?どうぞどうぞ、座って食べて飲んでって」

「ハルさん、すいません、うちらが友だちに会いに行くって言って、別行動になっちゃって……」

「すみません。別行動したいって言ったのは私の方なんです。川があったから隅田川かと思って行ってみたんですけど、もっと上流の方と聞いて、歩いて行って見つけたんですけど、そこで、あの……」

「隅田川?古隅田川のこと?何故そこへ行きたかったの?」

「あの、変なこと言うと思うでしょうけど、頭に聞こえてくるんです。フルスミダとか、ナリヒラバシとか、ウメワカヅカとか。気になっていたので。でも、あの、あの、最近寝不足で疲れているから気のせいだと思うんですけど」

「ふ~ん、何か意味があるんでしょうね、そこに行く意味がきっと」

ハルはうなずきました。

「あらま、梅若塚?ちょうど明日納骨で満蔵寺さんに行くんですよ。そこに行きたいなら車で一緒に乗せていってあげますよ」

 そう言う石屋の言葉を制して、ハルはミズキに

「古隅田川に沿ってまっすぐ歩いていけばいいのだから、自分で歩いて探したらいいよ。明日涼しいうちに出かけなさいよ。寝不足はいけないから早くお休み。ありさはミズキちゃんをゲストルームに案内してね」

「はーい」

 ぐったり疲れていたミズキは朝まで熟睡していました。かすかに、川の風景が夢に出てきた気がしますが、怖い夢ではありませんでした。

 日曜日の朝食の時間は8時と聞いていましたが、7時に部屋をノックされ、ドアを開けると、ハルが、

「ミズキちゃん、朝ごはんの支度手伝って!はい、エプロン!」

 台所で昨夜の住人らしき若い男の人が準備をしています。

「おはようございます!一泊さん?ぼく、長島っていいます。今日の朝飯当番です。よろしく!」

 ぴょこんと頭を下げたので、ミズキも

「おはようございます。実島です。よろしくお願いします」

「ミズキちゃん、一泊さんはね、朝食の準備とお掃除が宿代なの。さて、今日の朝ごはんは昨日のバーベキューの残りものといただきもののそうめん。あと、おむすび。なんてどお?」とハル。

 大きな鍋にぐらぐらとお湯を沸かしてそうめんを茹で、薬味を刻み、バーベキューの残り物を温め直しておむすびと大皿に盛り、八人分の食器を並べ、リビングの大きなテーブルいっぱいに並ぶ頃、皆が起きてきました。

 昨夜は見なかった人まで含めて八人の朝食はテレビで見た大家族の食事風景のようなにぎやかさでした。朝ごはんはあっという間にみんなのお腹に入って消えていきましたが、それでもミズキはいつもの二倍は食べたような気がします。

「ごちそうさまでした!」

 その後は各自のスケジュールと食事の必要ありなしをホワイトボードに書いていきます。そのとき、

「ねえ、これ誰のケータイ?ミズキちゃんの?ソファに置いてあったよ!」とありさが見つけて持ってきました。

「あ、そうです。そういえば、浴衣に着替えるときに出して……」

 それを見たハルはミズキに

「ミズキちゃん、私とアドレス交換して。連絡用に」

「はい」ミズキはハルとアドレス交換をしました。

 食事の後の片付けを済ますと、リビング、下宿の廊下、玄関の掃除です。掃除当番はありさの姉のみちる。手短に要領を説明しながらてきぱきと掃除していきます。ミズキが

「あの、下宿なのに、食事当番とか掃除当番とかあって、たいへんですね」と話しかけると、みちるは

「学生はもともと家賃は安いし、当番とか食堂の手伝いをするとバイト代として家賃から引かれるから、うちなんか家賃なしの、お小遣い少し付き、みたいなもん。生活の心配しないで就活できるから助かる!」

 みちるは掃除の手を休めずに話しました。掃除も終わったことをハルに報告すると、

「そう、それでは行ってらっしゃい!気をつけてね。はい、水。持って行きなさい」

 ありさにも別れの挨拶をしてミズキは川に向かって歩きはじめました。

     六、川に沿って① に続く

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