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かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【連載終了】

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『かすかべ思春期食堂~女剣士ミズキの旅~』の続編です。 ハルの下宿の住人、みちるとありさ、姉妹の現実のお話とハルの過去がからみます。
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2017年6月の記事一覧

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page20】

  前ページへ   目次へ 四、ありさの決断 ①  採れたておろしたてのワサビは絶品でした。ミズキとその両親、ありさ、みちる、ハルの六人の手巻き寿司パーティーはとても和やかで楽しいものになりました。  けれども食事が終わり、リビングでお茶を飲み始めたころにはミズキは今にもありさを連れて帰られるのではないかと思い始めていました。先ほど川で、みちるが十数年ものあいだ閉じ込めていた心の蓋が開き、あふれだしてくる思いをありさが受け止めたのを目の前で見たからでした。 (やっぱり

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page21】

   前ページへ   目次へ 四、ありさの決断 ②  ハルの話をありさは何かを思い出すように、空間に目をやり、しかしそこには視点があっていないという感じで聞いていました。そして、はたと思いついたように 「あたし、さっき川で、自分が転んで座り込んでた場所を見てきたんです。草が折れてつぶれてそこだけへこんでました。あのときはわからなかったんです。そこがどこなのか。ただ怖くて不安で……周りが何も見えない中で自分の気持ちだけがブワーって大きくなってた。自分のことばっかりで、周り

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page22】

  前ページへ   目次へ 四、ありさの決断 ③ 「あ~、カレーのいい匂い!」  春日部の下宿に戻った三人はほぼ同時に言いました。日曜の夕食の定番のカレーは前回作り置きして冷凍してあるルーにその時の具材を加えるだけの簡単なものですが、その時々の具材のエキスが溶け込んだ深みのあるルーにまた新しい具材が加わるその味は、一週間の疲れをいやし、また明日から頑張ろうという気にさせるのです。 「ありさ、おかえり~!」まず裕太が飛びついてきました。 「早く!早く!食べようよ。僕が

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page23】

   前ページへ   目次へ  四、ありさの決断 ④  (不毛な言い争いって……あたしがカラコン入れてないって言ったのを先生がちゃんと信じてくれれば……そのあとしつこく何回も言ってこなければ……それで済んでいたのに……)  ありさは言い返したい気持ちでいっぱいになりましたが (また言い返せば、そっちが悪い、いやそっちが悪いって……それこそ不毛な言い争いになる)  ありさが踵を返してこの教室を出ていこうと思った瞬間、何故か、奥多摩の診療所で出会ったお年寄りや子どもたち

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page24】

  前ページへ    目次へ  四、ありさの決断 ⑤  その日の物理の授業はみないつもより集中して聞いていました。そして質問タイムには上田が遠慮がちながら手を挙げ質問しました。それに先生が答えると、他の生徒も一人二人質問をしたのでした。質問をして答えてもらえると、自分が受け入れてもらえた気がして、何か自信につながるのか、他の授業でも生徒の目の輝きが違っているようでした。  4時間目は担任の、というか担任の業務を降りたばかりの戸部の社会の授業でした。ありさはちょっと身構え

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page25】

  前ページへ   目次へ  四、ありさの決断 ⑥  ありさはゆいからもらったおむすびを一口二口食べると、以前ゆいが言っていたことを思い出しました。ゆいのお母さんが仕事に出かける前に炊飯器のご飯全部をおむすびにしていくこと。中身は梅干しやおかかなどに混じって前の晩のおかずが入っていること。 (あ、昨日のおかずはコロッケだったのか……)  ゆいの家のおむすびの味を味わったありさはしおりとゆいが座っている席の前に立ち 「ごちそうさま。おいしかった。それから……」 「あ

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page26】

   前ページへ   目次へ  五、ハルの手紙 ①   その夜ありさは夕食後にみちるとハルに今日朝から学校であったことを話しました。 「あたしまだあの学校でやることできること、ある気がする。友だちのことも知らなかったこと多いし、先生にもまだ質問してみたいことある。今までは、なんか変だなと思ったり、言ってることがわからなかったりしたとき、ただムッとしたり、まあいいやと思ったりして、そのままになって……でもそれがだんだん溜まって、いきなりバクハツして……関係ぶっ壊したりしち

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page27】

  前ページへ   目次へ 五、ハルの手紙 ②  ありさが登校するとすぐしおりが近づいてきました。 「ありさ、おはよう」 「おはようしおり。お父さんには質問できた?」 「ううん、まだ。いざ何か言おうと思うと言葉が出てこなくてさ。それにパパ、会社から帰ってくるの遅くて。なんだか疲れてるみたいな顔だったし……」 「あのさ、聞きたいこと、メモしておけば?今までに思ったことでもいいし、その時に浮かんだことでもいいから。箇条書きにしておいてさ、あとで読んでこれは聞きたいって

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page28】

   前ページへ   目次へ  五、ハルの手紙 ③  ありさは日曜日に奥多摩に行くことをミズキとミズキの父親に伝えました。春日部に帰ったその日からミズキとはLINEでやり取りしていたので、ありさの決断についてはミズキもだいたいわかっていました。  ありさはハルの手紙を豊田に渡す前に自分に残しておきたくて、便せんの一枚一枚を写真に撮り、ケータイに保存していました。  ありさのクラスでは、どの授業でも質問タイムが規定事項のようになってきました。実技教科の体育の時でさえ、ど

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page29】

   前ページへ   目次へ  六、師走の春日部で  期末試験は終わり、成績も出て学校は冬休みに入りました。街にクリスマスムードと師走のあわただしさが同居して活気のあるにぎやかさがあふれていました。  ハルの下宿のくらやみ鍋も今月はクリスマス仕様。丸鶏を生姜やネギや香草と共にスープでじっくり煮込んだ特製。担当の長島も前日から気合を入れて仕込みました。おむすびは今回は塩むすびではなく、青菜と刻んだカリカリ梅と金ゴマでクリスマスカラー。おまけはみちると恵美が作ったクッキー。