【覚え書き】グレゴリオ聖歌の楽譜の読み方

ネウマ譜

グレゴリオ聖歌を記すために用いられる楽譜をネウマ譜という。ネウマ(羅neuma)とは、元は「合図」「記号」という意味のギリシャ語 νεῦμα だった。ギリシャ語のアクセント(音の高低)を示すための記号がネウマ譜の元になったとされている。古代のギリシャ語は元々は大文字だけでなんの補助の記号も付けずに記されていたが、ヘレニズム時代にアレクサンドリアの図書館長も務めたビザンティンのアリストファネス(前257ころ―前180)がアクセント記号を発明したとされている。ギリシャ語のアクセントは音の高低であったから、それが楽譜の元になったという説には説得力がある。

余談だが、ギリシャの古典時代の音楽の音は、高い低いではなく、「鋭い」「重い」と表現され、高い音は決して空間的な高さのイメージを持っていなかった。だから古代ギリシャの文献では高い音がページの下の方に書かれていた。ビザンティンのアリストファネスは、音楽の音が「高い」というイメージが生まれるきっかけになったのかもしれない。ただし、そのイメージが広まるにはかなりの時間を要した。


現代でも使われているネウマ譜

Cがドの位置を示す(絶対音高ではなく半音の位置を決めるためのもの)。次の例はファの位置を示す記号。

■はプンクトゥムpunctum(「点 」の意味)といわれる音符。

グレゴリオ聖歌の音符にリズムを表現する機能はない。

「|」はブレスを意味する。最初の例にあるのは3種あるブレスのうちで一番小さいもの。弱い意味の小節線といってもいい。グレゴリオ聖歌の現代の楽譜には、歌詞に句読点が打ってあるが、昔の楽譜には句読点はなかった。だから楽譜上に引かれたこのような線が

次の譜例の「|」が一番大きなブレス。ゆっくり休む。

■を縦に並べた音符は、歌詞の「San」をシ-ドの2音で歌うことを意味する。ペースpesと呼ばれる記号。日本のグレゴリオ聖歌の界隈ではペスと読む慣例のようだ。しかし古典ラテン語ではペースだし、英語ならばピースである。意味は「足」のこと。podatusとも言う。podatusの語源は調べてもよく分からなかった。中世の文献でもすでにpodatusという形で出ているが、ひょっとするとペダートゥスpedatus「形 〜の詩脚を持つ、〜の足をした」が誤記されて定着したものかもしれない。

一番右の記号は次の段の最初の音を予告する記号で、羅クストースcustosという。英語ではカストスとか、クーストースと発音される。「見張り人、保護者、密偵、看守」などという意味だ。


■を斜めに並べた記号はクリヴィスclivisといい、下がる動きを示す。クリヴィスとは形容詞で「坂の」という意味。フレクサ flexaともいう。フレクサとは形容詞flexusの女性単数形で「曲がった、下がった、抑揚のついた」などという意味を持つ。おそらく女性名詞たとえばフィグーラfigura「形、音符」あるいはノタnota「目印、記号、音符」が省略されたものだろう。


以下に様々な音符の例を示す。プンクトゥムと同じ意味の記号に縦棒のついたヴィルガ(virga)があるが、ヴィルガは前後近くの音に比べて高いものに使うらしい。そう考えて他の記号を見ると、なるほど確かに、高い方の音に縦棒がついていることが分かる。


古いタイプのネウマ譜

横線を4本引く楽譜を普及させたのはグイード・ダレッツォ (991/992年–1050年) であり、それ以前の楽譜は次の例のような感じだった。これを見ると、なるほどギリシャ語のアクセント記号を発展させたものだということが良く分かる。

10世紀初頭(922年から926年ぐらい)のネウマ譜

これに横線を加えると次のようになる。この例は、線を使うが四角い音符は使っていないパターン。

12世紀、北フランス

最初に説明したような四角の音符は11世紀の終わりごろから出現したらしい。

現代まで続くような新しいタイプのネウマ譜が一般化したのは13世紀である。

定量音楽の母体へ

そしてこのころにはすでにリズムの表記法を持つ新しい記譜法が出現していた。それは、12世紀末から13世紀前半にかけてのノートルダム楽派によって用いられたモード記譜法や、ケルンのフランコによって定式化された定量音楽技法(1260年頃)である。特に、モード記譜法は新しいタイプのネウマ譜と見かけがよく似ており、ネウマ譜から派生したものであることがよく分かる。

モード記譜法の例、ペロタン Alleluia nativitas


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