他人との会話とコーチング

他人と会話している時、私はどういうことに着目しているのだろうか?

面談的要素が強い会話については、以前に書いた通りだ。
相手の話を聞いていることが多く、その人が注目している価値観や主体的になるポイントを探すことに注目している。

仕事している相手と会話している場合も、ほとんど同じかもしれない。その殆どが目的のある会話だから、その目的に注目している。今日、仕事仲間からの相談の電話をしてた時も、相手が話しやすいように雑談で解きほぐし、相談したい内容に対して相手が納得する言葉や説明に注力し会話している。

子供との会話はどうだろう?
考えてみたら子供との会話も、いつもかなり気を使い、彼らが主体的になるか、楽しくなるか、能動的に伝わるか?という事に着目しながら会話している。子供は大人とは経験も価値観も違う。だから言えばいい、ではなくて、きちんとその意図が伝わることか大事で、それに注目している。考えてみたらいつもだ。

友人とは遊んでいる時は?
友人とは、まず友人が最近着目していることを探る。どんな事を頭の中に抱えているのか?どんな事に興味があるのか?子供の事の場合もあったり、趣味や仕事の事だったりする。その切り口から、自分との共感ポイントを探したり、それに対応して自分の関心を話したり会話を広げる。面白い事、素晴らしいことにも注目している事が多い。相手にとって、楽しく気持ち良い時間だったらいいな、ということに集中している。
かなり仲の良い女子友人だったとしても、そのように気を使っていると思う。

かなり近しい友人(創業仲間)や両親、夫とは?
友人の中でも、一緒に創業した男子2人はそういえばあまり気を使わない。昨日も私が長い夏休みしてるので、その1人と久しぶりあったけど全く緊張なく気を使わない。上記のように頭を常にフル回転させて話もしていないし、自分の話しもあまり考えずにそのまま話してるかも。ある意味、楽チンの人の1人であるのは間違いない。

両親でもお父さんは、どちらかというと上記の友人達と同じ感覚である程度気を使いながら話をしている。でもお母さんに対しては、気を使かっていないな、そういえば。私からあまり話をする事はないけど、母が話してくる事を聴きながら、あまり気を使わず思ったことを反応している事が多い。

夫は、、、一番近いけど、ある意味一番遠いから、彼が聴きやすいように気を使って物事を伝えるし、彼が言ったことに対しても、一番喜んでくれるように対応する。基本は優しく、優しく。かなり自分で気にかけながら会話しているかも。余計な事を言わないようにもしている。一つ間違えるとかなりの喧嘩になってしまうからだ。夫は、私の素の状態で、気があうというタイプの性格ではない。笑いも違えば、コミュニケーションセンスも合わないし、物腰も柔らかくないから、気をつけないと殺伐とした会話になってしまう。結婚して数年かけて自分を矯正した。きっと彼も気を使っている。お互い気をつけるようになって、会話がクリエィティブになってきているような気がする。



なぜ、こんな事を考えまとめているのか、と言うと、最近コーチという存在をもち、コーチとの会話が自分にとって、新鮮に感じるからだ。

新鮮、、今までにあまりない感覚。
ん?それはなんなんだ?と、他の人との会話と何が違うんだ?と、書きながら振り返ってみた。

そして、ここまで整理してわかった。

そうだ、私、自分の問題解決や相談のために、自分の事をあまり話さないからか。

自分の事はあまり話さない?いや、よく話している。私、よく人の話しを聞くけど、よく自分も話してもいる。どちらかと言えばよく喋る方だと思う。自分もそう思う、自分は今こんな事に注目している、など結構話している。

でも、それらは、全て相手の関心に沿って話しているんだ。だから、私の意識としては、相手の価値観に合わせて自分の話が、役にたったらいいな、楽しかったらいいな、という脇役的文脈なのだ。

コーチと相対する時は、コーチの文脈に沿っているわけではない。どころか、殆ど知らないその人に自分の事を解決するために、自分の事を話する。

だから、同じ話をしても、それは自分のために話していて、なんかこしょばゆい、というか、慣れなかった。
毎回何をテーマにするか、ギリギリまで悩む。そして、例えテーマを決めて話し始めても、途中ゆらゆらする。自分のこんな話しして、相手にとって面白い時間になっているのか?自分独りよがりの時間になっていないか?など気になってしまう。
自分のための時間なのに、そのために集っているのに。

でも回数を重ねるごとに慣れてきて、その効果も感じ始めた。
同じ話をしたとしても、相手文脈で話している時と自分文脈で話をしている時とでは、その言葉の重みが違う感じがする。
会話からでてくるキーワードが、自分の宣言であり自分の意思をつくっている感じだ。
それにより、意識がそこに集中して、きっとそれが成し遂げられるのだ。

コーチングとはそういうものなのか。
自分で内省し意識をつくっていくより、より声が大きく、普段の他人との対話とも全く違う。

ようやく腑に落ちてきたので、記録。

#心の作り方

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