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正しい夜明け/樹海の車窓から

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#コメディ小説

正しい夜明け/樹海の車窓から-5 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

下北沢で意外とあまり入った事がなかったスーパー栄えある第一位、ピーコックストア。いつもちょっとした買い物はコンビニかオオゼキで済ませてしまうので、二階にある鬼シブな中華料理屋に一度だけジル社長に連れて行ってもらった以来だ。あれはもう、二年近く前か。 舞台の書き割りのように静かで客の存在を感じないピーコックの前に立ち竦む。当然だ、これは多分、舞台の書き割り「みたいなもの」なんだろう。 だって、今目の前にある年季の入りまくったチーズケーキみたいな色の壁に、はっきり書いてあるもん。

正しい夜明け/樹海の車窓から-4 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

フッちゃんが「独特な人」と縦書き白抜きでプリントされた黒いTシャツ姿でスマホカメラを構える。変則的なフォルムの黒いサルエルパンツとあまりにもしっくり来すぎていたので「なんかそう言うお洒落なブランドの斬新なやつ」だと思ってしまい、川谷絵音のプロデュースするなんかプロジェクト的なやつのグッズTだと気がつくまでに三分程時間がかかった。 そのフッちゃんの構えるスマホの向こうには、九野ちゃんのドラムを普段置いているはずの場所を勝手に乗っ取ったKORGのキーボード。そして、その前にはキヨ

正しい夜明け/樹海の車窓から-3 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

一言で言うと、今、おれはスランプである。 スランプだなんて偉そうな事言えるのは大物だけだ、なんてエラそうなどっかの誰かが言っていたが、実際何も生み出す事ができないのだから仕方がない。HAUSNAILSのフロントマンにして作詞が大の苦手でお馴染みのおれだが、曲作りだけは少なくとも誰よりも負けないように、数だけでも増やそうと日々努力してきた。仕事帰りに夜道を歩きながらスマホのレコーダーに鼻歌を吹き込んだりなんかは日常茶飯事で、それをもとにして生まれた曲も少なくない。バンドの活動

正しい夜明け/樹海の車窓から-2 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

「でな、会いに来てもらえねぇならこっちから会いに行くしかねえのヨ、もち物理的には無理よ? だったら電線伝って家まで会いに行けばいいワケ! こないだナンバガだって演ったっしょ、無観客で」 ホワイトボードに絶妙にクラッシュした文字で書かれた「インターネット配信ライブの意義とは?」との文字列を背景に、折り畳みテーブルにマックを置いて「インターネット配信ライブの意義とは?」をややしゃがれ気味のシブい声で我々に滔々と説く色男。180センチ近い長身はいわゆるモデル体型と言うやつで、ボタ

正しい夜明け/樹海の車窓から-1 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

カッティングの効いたリズムギターに和音が小気味よくペンタトニックをなぞるリードギター、主張しすぎないがメロディアスなベースと四つ打ちを基調にしながらもどこかいなたい雰囲気のあるハネたドラム。母親が「これ好きだったのよお小学生の頃!」と豪語しながら観ていた懐メロ番組の、揃いのスーツを纏って長髪を胡乱に撫でつけた――その割に不思議とカッコよく見える――往年のグループサウンズを彷彿とさせるガレージロックが、臨時休業中のライブハウスの舞台に飽和する。奏でているのは往年のグループサウン