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正しい夜明け/樹海の車窓から

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ザ・キャットテイル幻の1stフル・アルバムよりキラーチューン『コピーテープじゃ終われない』&名曲『樹海の車窓から』歌詞を公開!!!

弊社「偏光レコード」の代表、ジル猫実がボーカルを務めるバンド「ザ・キャットテイル」が8年前にリリースしたフル・アルバム『君、夏に殉じ』より、15年前に自主製作でリリースした1stEPのリードトラックだった『コピーテープじゃ終われない』と現在でもファンの間で名曲と名高い『樹海の車窓から』の歌詞を特別公開! 『樹海の車窓から』は、3月末日にリリースされた弊社所属バンド「HAUSNAILS」のEP『WANDERLUST.EP』にてカバーもされています! ――――――――――――

正しい夜明け/樹海の車窓から-12 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

「あーい、健康野菜だし鶏担々ふたつと輪廻転生黒タピオカミルクティふたつ、一丁上がりィ」 ローテンションと切れ長の目、紫のボブカットがトレードマークの厨房の店員が、藍色のこじゃれたラーメンどんぶりと大きめのグラスがふたつずつのせられた黒い丸トレイを差し出してくる。ミルクティの水槽の中で泳ぐ黒い金魚のようなタピオカを恨めしく眺めながら、おれはうーいと適当に返事してそれを溢さないよう丁寧に受け取った。 地元で活動するインディーズパンクバンドでベースを担当している彼女は、自分より十

正しい夜明け/樹海の車窓から-11 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

ライブの準備は、思いの外つつがなく進んだ。 幸い弊レーベルには百戦錬磨のライブバンドがいるので、大義名分を掲げて当然のように配信用の機材を流用させてもらい、動員やっとこ二ケタのマイナーインディーズバンドとしては最上級レベルの演奏環境を整えた。とはいえ我々はセンパイ方のようにイベント会社やそれなりにそれなりのエージェントとのお付き合いがあるわけでは決してないしそこまでは流石にパイセンを頼るわけにはいかない野良のロックバンドなので、チケット制の有料配信とかにはせず、あくまで動画

正しい夜明け/樹海の車窓から-10 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

ひとつお前達に話し忘れてた事があってだな、と話し始めたジル猫実社長は、未だ自分が置かれている状況を完全には理解しきれずにいるおれに、情報過多な新事実を初対面の相手に出身地を告げるようなテンションで言い放った。 「俺ね、実は、キヨスミと同じなの。ゾルタクスゼイアン星で作られた人工生物の血が流れてる」 勿論、おれは腰かけたベンチから三十センチぐらいは飛び上がったんじゃねえかと言う勢いで驚いた。「コントのような驚きっぷり有難う」と優雅に微笑む社長は、「俺の場合はキヨスミと違って

正しい夜明け/樹海の車窓から-9 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

アイドルグッズと見まごうデザインの女子バンドのバンTが天井から吊るされた棚や、いかにも女のコが好きそうなアメリカのアニメのキャラクターグッズに彩られたピンクやブルー、イエロー、パープルの要塞のような棚、上手に使えば誰でもYouTuberか大森靖子になれそうなカラーバターが山積みになった棚、夥しい数の柔らかそうなシロクマや犬、猫、ウサギのぬいぐるみから小馬鹿にしたような笑顔を向けられる棚。DQNの車のミラーのところによくぶら下がってる大麻の形したやつみたいな、独特なお香のかおり

正しい夜明け/樹海の車窓から-8 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

「俺の第二形態より目立ってんの腹立つ!!! やり直し!!!」 「は? やり直しって何!? 俺吹っ飛ばされたのに必死で帰って来たんよ!?」 へろへろの触手でギリギリ空中でのバランスを保っているキヨスミが、右手の人差し指を突き立てて飼い犬を犬小屋へ追いやるような素振りを見せる。すっかり悪役令嬢の趣きが板についてきたキヨスミに反論する巨大な青いオウム……もとい、フッちゃんは、その夥しい数の羽毛に包まれた片翼五メートルはくだらない翼の羽ばたきによる風圧により締め切りお化けを木っ端微

正しい夜明け/樹海の車窓から-7 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

黒いファービーが、本来ならば顔があるはずの場所に埋まったそいつは、青く縁取られたビー玉のようなホログラムの瞳をぎょろッとぎらつかせ、こちらを一瞥したかと思うと、食玩を思わせる安っぽい黄色のクチバシを三回ほどカカカッと鳴らしてスックと背筋を伸ばした。さっきまでの不安定さはどこへやら、すっかり首の据わったソイツは、突然の珍客の出現に縮み上がって震える罪なきバンドマン四人を視認したかと思うと、あろうことか一目散にこっちへ走ってきたのである。 そのスピードダッシュ、二足歩行のチーター

正しい夜明け/樹海の車窓から-6 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

さっきから何回も作動させようと念じているのだが手ごたえがない、と唸る九野ちゃんを地べたに下ろす。空はすっかり暗くなって、鮮やかなブルーハワイに見えていたキヨスミの肌がブルーベリー味、といった感じの色味に変わっていた。どうしようどうしようと尻尾が渦を巻くようにその場でぐるぐると回る九野ちゃんだが、こちらだってどうしようもない。そのままぐるぐる回ってたらアマミホシゾラフグの要領で新たな魔方陣がそこに現れるんじゃないかとも思ったがあまりにも不義理で不謹慎なので言わないでおいた。と、

正しい夜明け/樹海の車窓から-5 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

下北沢で意外とあまり入った事がなかったスーパー栄えある第一位、ピーコックストア。いつもちょっとした買い物はコンビニかオオゼキで済ませてしまうので、二階にある鬼シブな中華料理屋に一度だけジル社長に連れて行ってもらった以来だ。あれはもう、二年近く前か。 舞台の書き割りのように静かで客の存在を感じないピーコックの前に立ち竦む。当然だ、これは多分、舞台の書き割り「みたいなもの」なんだろう。 だって、今目の前にある年季の入りまくったチーズケーキみたいな色の壁に、はっきり書いてあるもん。

正しい夜明け/樹海の車窓から-4 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

フッちゃんが「独特な人」と縦書き白抜きでプリントされた黒いTシャツ姿でスマホカメラを構える。変則的なフォルムの黒いサルエルパンツとあまりにもしっくり来すぎていたので「なんかそう言うお洒落なブランドの斬新なやつ」だと思ってしまい、川谷絵音のプロデュースするなんかプロジェクト的なやつのグッズTだと気がつくまでに三分程時間がかかった。 そのフッちゃんの構えるスマホの向こうには、九野ちゃんのドラムを普段置いているはずの場所を勝手に乗っ取ったKORGのキーボード。そして、その前にはキヨ

正しい夜明け/樹海の車窓から-3 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

一言で言うと、今、おれはスランプである。 スランプだなんて偉そうな事言えるのは大物だけだ、なんてエラそうなどっかの誰かが言っていたが、実際何も生み出す事ができないのだから仕方がない。HAUSNAILSのフロントマンにして作詞が大の苦手でお馴染みのおれだが、曲作りだけは少なくとも誰よりも負けないように、数だけでも増やそうと日々努力してきた。仕事帰りに夜道を歩きながらスマホのレコーダーに鼻歌を吹き込んだりなんかは日常茶飯事で、それをもとにして生まれた曲も少なくない。バンドの活動

正しい夜明け/樹海の車窓から-2 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

「でな、会いに来てもらえねぇならこっちから会いに行くしかねえのヨ、もち物理的には無理よ? だったら電線伝って家まで会いに行けばいいワケ! こないだナンバガだって演ったっしょ、無観客で」 ホワイトボードに絶妙にクラッシュした文字で書かれた「インターネット配信ライブの意義とは?」との文字列を背景に、折り畳みテーブルにマックを置いて「インターネット配信ライブの意義とは?」をややしゃがれ気味のシブい声で我々に滔々と説く色男。180センチ近い長身はいわゆるモデル体型と言うやつで、ボタ

正しい夜明け/樹海の車窓から-1 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

カッティングの効いたリズムギターに和音が小気味よくペンタトニックをなぞるリードギター、主張しすぎないがメロディアスなベースと四つ打ちを基調にしながらもどこかいなたい雰囲気のあるハネたドラム。母親が「これ好きだったのよお小学生の頃!」と豪語しながら観ていた懐メロ番組の、揃いのスーツを纏って長髪を胡乱に撫でつけた――その割に不思議とカッコよく見える――往年のグループサウンズを彷彿とさせるガレージロックが、臨時休業中のライブハウスの舞台に飽和する。奏でているのは往年のグループサウン