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「いろいろあったシーズンの終わりに」

YACHTING

97年11月号

 

 あっと言う間に、シーズンが終わってしまいました。この号はたしか『11月号』。11月と聞けば、もはや「夏が終わった」というより、「もう冬だぞ、寒いぞ」という語感です。
これを書いている今はまだ9月の半ばなのに、悲しい限りです。
 とりわけ、今年は夏がなかった私にとってはなおさらなんです。今年の私は、6月中は台風にたたられたりで、一度、海に出たきり。7月以降に期待していたところ、ま、早々に夏季休暇をとったまでは出足快調だったんだけど、中旬にサッカーの試合中に右ひざの靭帯を痛めて全治2カ月の診断。サッカー、ヨットはもとより、ほかのスポーツもまったくできない状態で、ここにきてようやく、小走りできるかな、というところまで回復しました。
で、気がついてみると、診断通り、丸2カ月がたっていて、シーズンは終わっていたという次第。
 帳尻を合わせるべく、今からせいぜい通おうかな、とは思うのだけど、海に行ったって、どうせ、水着のおネエちゃんもいないしな。おっと。
 というわけで今回は、この夏のシーズンに発生したマリン関係の話題を、斜め読みならぬ、夏がなかったケガ人のひがみ目読みでお届けします。

                   

 いやはや、目の保養をしようなんて不純な動機で海に出ると、事故が増えるようですよ。海上保安庁によると、今年7月、8月のプレジャーボートの事故は、統計を取り始めた1975年以来最高の件数にのぼったらしい。昨年より36隻増えて、232隻が救助を必要とする事故を起こしたそうです。船の種類別では、モーターボートが139隻、ジェットが40隻。ヨットは25隻でしたが、昨年より5隻増加しています。事故の形態別では、昨年
は、エンジン故障が49隻でトップ件数だったのが、今年は衝突が57隻(昨年45隻)と、エンジン故障の49隻(昨年と同数)を逆転。ビキニ全盛時代を迎えて、よそ見運転が増えたんでしょうか。
 さて、海保はこの事故増加に対して、「海洋レジャーの人気が高まり、プレジャーボートの利用者が年々増えるにつれ、不慣れな人が多くなっている。レジャーを安全に楽しむには知識や技能の向上が必要だ」と指摘したそうです。
 この指摘は、お役所答弁の典型で、何も語っていないのといっしょですけどね。うかがわれるニュアンスとしては、「不慣れなヤツは海に出るな」と聞こえます(もちろん、そうは言ってませんが…)。でも、出ないと、いつまでたっても不慣れなままなんですね。
 自動車の免許を取得すると、交付の際に警察は、「免許をとったからには、なるべく車に乗るように。ペーパードライバーになっちゃ
ダメよ」と指導します。これでなくちゃ。
 不慣れなら不慣れなりに、無謀なことをしなさんなよ、でいいのでしょう。そういや、ケガしたのも、間に合わないのが分かってて、敵のシュートに無理な体勢からスライディングしたのが原因でした。
  三浦半島沖で行われた第11回石原裕次郎メモリアルヨットレースは、この号のどこかで取り上げられているのでしょうか。8月31日に行われたこのレースには、128艇1400人が参加してにぎわったそうですが、同じ日、パリでも大事件が発生しました。
 そう、ダイアナさんの交通事故死です。当初、パパラッチの追っかけが事故の原因とされていましたが、どうやら、直接の原因は、アンリ・ポール運転手の酔っ払い運転、あるいは、アルコール依存症だった彼が、アルコールと抗うつ剤を併用した結果、気分が異常に高揚して、「お姫さま、パパラッチの野郎どもはいっちょ、オイラにまかしておいておくんなせえ」と言ったかどうか、ぐいとアクセルを踏み込んだのかな。
 ポール運転手は、メルセデスの特別運転訓練を受けていたそうですが、やっぱり事故は、無謀が引き起こすようです。
 ところで、このダイアナさん、さすがに王侯貴族の一員だけあって、ヨットとのかかわりがなくはない。冒頭にシーズン、シーズンと繰り返していますが、英国では大文字で、「ザ・シーズン」と書けば、夏のロンドン社交界の10大イベントのシーズンのことを指すそうです。ダービーやアスコットの競馬、ウインブルドン・テニス大会などのほか、もちろん、お約束のヨットでも、ワイト島のカウズ・ウイークがあります。もともとは社交界の行事だから、王室のメンバーも参加しての格式ある盛り上がり大会。馬やテニスやヨットは貴族のたしなみということか。
 ダイアナさんが、自分でヨットの操艇ができたかどうかは知らないけれど、いっしょに故死した新恋人?のドディ・アルファイド氏は当然、できたでしょう。あげく、キス写
真をパパラッチされたのも、ヨットの上でした。南仏コートダジュールの海で、モーターボートを楽しむ半裸の二人のツーショットも全世界に配信されたことがありました。
 どうも、ヨットは、社交界や大金持ちのスキャンダルにはかかせない小道具(大道具)のようです。豪華ヨットは、金持ちのステイタスであるうえに、やはり、海の上だと周囲から見られないから、日本でも、あの人やあの人はおそらく…おっと。
 元ダンナのチャールズ皇太子だって、7月1日の香港返還の前夜、パッテン総督の家族らと”脱出”するのに英王室専用ヨットのブ


リタニア号を使ってみせました。なんだか、「中国人民よ、どーだ、見たか!」って感じでした。で、ダイアナさんはもう、ブリタニア号には乗せてもらえないから、それに代わる豪華ヨットを所有できる財力が、夫には必要だったんでしょうかねえ。
 なにはともあれ、彼女の死で8月のシーズンは閉じたのでした。 スキャンダルといえば、中国人の密航をあっせんする「蛇頭」が、ハイテク・クルーザーを利用していたというニュースがありました。報道によると、青森県弘前市のマリンショップ経営者が、900万円で購入した約50人乗りのクルーザー「モクラニ号」(18トン)で、密入国希望者を乗せて上海からたどりついた漁船と落ち合って、乗り換えさせていたそうです。9月7日付朝日新聞夕刊では、GPS(全地球測位システム)という「ハイテク」を利用して深夜でも海上で正確に合流できたことに焦点が当てられています。
 前号の「斜め読み」で、人の移動手段が、帆船か汽船、飛行機と進化していった話題に触れましたが、違法行為とはいえ、まともな航法装置を備えたレジャー用クルーザーが利用されることも、予想の範囲内でしょう。言ってみれば、麻薬取引や誘拐に、携帯電話が使われるのと同じ文脈。金額が違うだけです。組織犯罪はビジネスですから、コストパフォーマンスさえ合うならば、設備投資に金をかけるのは合法ビジネスと違いはないわけです。
 東南アジアの海賊は、なんでも、エンジンを4連装した1000馬力(だっけ)かのモーターボートを駆使して、密輸に励んでいるそうですから、今や、珍しい装置でもないGPSを利用したからといって、驚くには当たらない。むしろ、ニュースのポイントとしては、経営者の、「クルーザーなら密航とは思われまい」という旨の供述のほうでしょう。「海の男に悪いヤツはいない」とか「オカではあくどい商売をしている人間も、いったん海に出れば、シーマンシップが云々」的な情緒面からショックを受けた関係者もいらっしゃるのでは…。
 この事件の後日談としては、摘発した警視庁が、この経営者が「蛇頭」と組んで儲けた利益ン億円を税務申告してなかったとして(当たり前だ!)、税務当局に告発したというのが興味深い。ようするに、逮捕・起訴して刑事責任を追及するだけでなく、商売上のコストパフォーマンスのバランスを崩すことで、追随者の抑止を図ろうという意図ですな。警察より税務署が怖いのは、大企業、自営を問わず商売人の常なのです(?)

  憂鬱な事件ばかりをひがみ読みしてきたので、最後はほっとした話題を。これも、朝日新聞(9月15日付朝刊)の「ひと」欄で、敬老の日の話題として見つけました。
 大阪府岬町の淡輪ヨットハーバーのマスタ
ー、鹿島郁夫さん(68)が来年の敬老の日に、
単独無寄港世界一周に挑戦するそうです。 70歳を意識して命名したヨット「コラーサ70」には、《「ぎ装はハイテクの塊にしてもらう。古いのは私と船体だけ」》と、電気マッサージ機や海水ぶろ、造水機に直結する美容用自転車などさまざまな装置を搭載する予定だそうです。
 本人、《「おそらく世界最高齢での挑戦でしょう。けど、まだ若いもんには負けたくない」》と、ホーン岬、希望峰、タスマニア島を経由して東回り約5万キロを300日で走破する計画だとか。

 

管理と整備の行き届いた現代社会では、密航者や犯罪者だけでなく、一般の人々にとっても、海が精神的なアジール(聖庇)なのはよく理解できますが、それでも、私には以前から、「無寄港」というタイトルの挑戦しがいがどうしても理解できない。
 ビールをおいしく飲むために、ずっと水気を我慢するに似た心境なのか?

  

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