「国によって違ってくる〈水上生活〉のあり方」

YACHTING

97年12月号

 

 行き交う屋形船が見える隅田川下流の運河沿いに住んでいるので、かねて、気になっていたのですが、5年前に、この島へ越してきてから、わが家のすぐそばに、ずっとU号というボートが係留してある。出艇するのはめったに見たことがないんだけど、その場所が、また、いいところで、橋の下なので、堂々というより、さりげなく、という感じで、もちろん、雨も直射日光も防げる。
 おまけに、係留地点付近に直接接した民家もないし、ジョーシキ的に考えて、運河の往来を邪魔することはまったくあり得そうもないポイント。いずれ、キャビン付きのヨットのオーナーになりたいという夢想を捨て切れない私としては、「この場所はいいや」と目を付けているのです。
 なんせ、無理してヨットを手に入れても、年間ン百万円も係留費がかかるとか、そもそも、空きマリーナがないとか、あっても、うんと遠くで、ヨットに乗るために高速道路で何時間も車に乗らなければならないとかの覚悟が必要だとか聞かされていますからね。
 マリンレジャーの関係者も、たいがい、このマリーナ問題をまず口にするようです。でも、U号のそばに泊めることができるなら、万事解決の気がする。おそらく、ロハで泊めてるんだろうし、わが家からは歩いて数分。唯一の問題は、運河には水門があって、マストを持ったフネは、ディンギーでさえ明らかに天辺がつかえる高さしかないのです(つまり、まったくつかえないのだった)
 

 

 ま、私の希望条件はどうでもいいとして、やはり、気になるのは、そんな場所にトめてもいいのかどうかということ。
 そりゃ、乗り降りも必要だから、いいに決まっているんでしょう。でも、駐車場(駐艇場)がわりに恒常的に係留するとなると、常識的には、なんらかの許可が必要なんだろうなと思っていました。さらに、許可を得る先は、河川管理当局というより、”そのスジ”の人の方が実効性がありそうな気もする。おっと。
 いずれにせよ、わが家のそばだけでなく、各地の水面のアチコチにボートが堂々とトめてあるのを目にすれば、これからボートオーナーになろうと考えている人は、「中には不法係留もあるんだろうが、これだけの数を見ると、割合、簡単に許可がとれるんだろうな」と思うでしょう。
 どうやら、それは勘違いのようです。昨年末に運輸省、建設省、水産庁の三省庁が調べたところによると、現在、全国に約34万隻あるらしいヨットとモーターボートで、所在を確認できたのは20万8千隻。そして、このうち許可を受けていたのは、たったの6万9千隻で、なんと、67%が「不法」だったというのです。
 3隻に2隻ですよ。こうなりゃ、しめたもの、赤信号、みんなで渡ればなんとやらですねえ。おっと。
 運輸省は、「一方的に規制するのではなく、受け皿づくりが必要。各省庁で対策を検討し、モデル地域を作って放置船の解消を図りたい」と話しているようです。
 これを聞いて、首都圏某県の団地で、駐車場不足から、住民が勝手に公道を、専属駐車場にしてしまい、それも縦列ではなく、たくさんトめられるように斜め駐車。もちろん、夜間駐車が主ですから、道交法ではなく車庫法違反で一発アカ紙なんですが、取り締まりは一切ないとか。警察は、「代替案もないのに、ムゲに取り締まっても…」と黙認状態-というのを思い出しました。
 あるいは、広島県の弁護士が速度違反で捕まって、「流れに乗って走れば、ほとんどの自動車が違反している。ほとんどが違反するしかないなら、それは法律の方に欠陥がある」として裁判を続けている-という理屈も思い出したのは、やっぱりナナメ読みのヘ理屈か。

 でもまあ、ようやく広島というキーワードを提出できた。そうです、例の広島県宮島町沖に出没?したハウス筏のおじさんの話題です。この原稿を書いている時点では、県条例により撤去の強制代執行をしようとして、おじさん、灯油をかぶって抵抗。その後、条例のない山口県屋代島・東和町沖へ「緊急避難」したところです。
 もう読者のみなさんがご存じのように、4月の末に完成したこの家はなかなか立派なもの。敷地というか、直径80センチ、長さ1・2メートルの発泡スチロール40個を組み合わせた土台は、180平方メートルというから50坪以上ですね。木造2階建てで延べ床36平方メートルの屋内は、2階が寝室で、1階には、居間や台所、ユニットトイレ、バス、発電機も備えて、夏場には、おじさん、テレビカメラの前で、気持ち良さそうにビールを飲んでましたねえ。
 この、元テレビプロデューサーというおじさん、なかなか演出がうまい、といっては怒られるか。
 海の上に家を建てるなんざ、一見、ジョーシキの外にも思えるんですが、アメリカ辺りじゃ珍しくもなさそうな気もするし(家にタイヤつけて、車で引っ張る国ですからね)…。わがニッポンは、変わり者は打つ国民性ですが、世論はどっちを応援しているんでしょうか。TBSの「異論反論オブジェクション」ではやったのかな。
 

 

 

 

 

 では、両者の言い分を聞いてみましょう。
 まず、行政側。
 「海域を許可なく占用することは、条例で禁じられている」「明らかに居住が目的で一定の海域を独占して違反」「海はだれでも使える状態にしておかなくてはならない。特定の人が一定の海域を占用するのは好ましくない」「放置しておくと、同様な物が海に乱立しかねない。公共の物や場所を利用する市民のルールから考えると、筏を海上に浮かべてその上で生活するのは社会的合意が得られるものではない」
 一方、おじさんの方はというと、
 「海はだれのものでもない」「海を行政の手から取り戻したい。退去命令が出れば行政訴訟で争う」「(6月に)台風シーズンに備え、風、波とも弱い今の場所(宮島町沖)で一夏を過ごせたらいい」「工作物は広大な海の上では極めて小さく、公共の利益を侵害していない」
 代執行に抵抗して灯油をかぶった際には、「寝るところの保証がないのに虫けらみたいにほっぽり出すのか」。山口県に逃れて、「家を奪われると生活できない。強制退去に対する緊急避難として逃れてきた」
 ついでに第三者(第二・五者かな)の屋代島の漁師の話。
 「漁の障害になる」
 どれが正論か? でも、ヤンマー造船が開発した海に浮かべる「建売住宅」というのがあった(今でもあるのかな?)そうです。大手が手掛けているのだから、実際に合法的に住めるんでしょう。とすると、広島のおじさんも海路に日和があるかもしれないですね。

 ところで、ハウス筏事件の現場である瀬戸内海では、《船に家財道具一式を積み、家族全員で漁を続けながら、一年の大半を海上で過ごす》という漁民が昭和40年ごろまで各地にいたそうです(『船に住む漁民たち』可児弘明著、岩波書店)。その船は文字通り、「家船(えぶね)」と呼ばれたとか。
 もちろん、東京の水上生活者も有名でした。大正9年の水上警察署の調査では、「東京の水面」で生活する総戸数は1万4千余戸、総人口は4万余人だったそうです。(南博編『近代庶民生活誌12』の論文「東京の水上生活」西村真次著から)。山本周五郎の『赤ひげ』は、この人たちを相手に月島で開業していた実在の医師をモデルにしていると言われます。
 日本だけでなく、香港のアバディーン、タイのメナム流域やベトナム、アマゾンなどなど世界各地にも水上生活の民がいます。船の住むタイプ、高床の家に住むタイプ、浮き桟橋式の家に住むタイプといろいろです。
 ペルーとボリビアの国境となっているチチカカ湖には、湖上にトトラ葦を積んで作った浮き島に棲むウロ族がいて、少女たちは、観光客相手に毛糸の手袋を売ってくれます。その手はアカ切れしていて、「売るより自分でしなさい」と言いたくなるのですが、とにかく寒いのでありがたかった。葦の島は広大で、大地といっても差し支えないのですが、これも、水上生活には違いない。
  でも、やっぱり海の上には、生活ではなく、道楽で出かけたいもの。とはいっても、ヨットで世界一周無寄港ともなると、約1年ですか。やっぱり私には耐えられそうもない
。ウォーターキャンプで一泊二泊で大満足です。
  いやいや、やっぱり、タヒチのボラボラ島の水上コテージというのもいいかな。
  

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