朗読台本「時の花」


1  真っ暗闇を見た。
 あがけども、もがけども、なにひとつ変わりはしない、暗闇だ。


2  真っ先に疑ったのは目だった。ものを捉えるのが目なら、目が見えなくなったと考えるのが自然だからだ。だが、すぐに、原因は別のものだとわかった。


3  次に疑いを向けたのは触覚だ。
 わたしは顔にふれた。そのつもりだった。しかし、顔と手の皮膚に与えられるはずの感触がなかったのだ。ものに触れたことがわからないのなら、わたしには、与えられていたはずの手や足や、顔がないことになる。そうなれば、わたしがここに立っているかどうか、証明することは、必然、できなくなる。なぜなら、わたしはいま、目が見えないからだ。


4  すると何かが起きた。音は聴こえなかった。だが確かに何かが起きた。手足は空を掴んだ。目にはなにも映らなかった。けれど、確かな輝きがひとすじ、視線の先からほとばしると、しだいにわたしへと近づいて、そうしてそれは、わたしの胸を貫いた。


5  その瞬間にわかったのだ。
 確かに、わたしには身体があった。だが、ひとつだけ、なくてはならないものを失っていた。
 あのとき、わたしはあの光によって、わたしの「時間」を取り戻した。


2018年11月投稿を再掲

Hemi

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