2021年、読んでよかった本

今年読んでよかった本を何冊か紹介したいと思います。なお、読んでから日が経っている本も多く、内容の理解や記憶に誤りがある可能性があります。あらかじめご了承ください。

意見は好き勝手書いています。一部は素人が適当に論じているので、話半分にどうぞ。

・現代貨幣理論入門
・ジェンダー・トラブル
・実力も運のうち
・宇宙と宇宙をつなぐ数学
・ポスト・ヒューマニズム

『MMT現代貨幣理論入門』

ずっと読まなければと思っていたんですが、年末年始でようやく読めました。現代貨幣理論の本です。

日本円のような貨幣が金本位制が終了した現代でなぜ成立しているかというと、その貨幣を使う人々がお互いに価値を認めるからだという、貨幣に対する信頼説が従来の貨幣の根拠として説明されていました。私も経済学の授業だったかを受けた際に実際にそのように説明されましたし、実証されていたとは言い難いとはいえ、なんとなく説得力のある論拠でした。

しかし、現代貨幣理論ではこの関係性は一転し、貨幣は国家が租税という形で徴収するからその貨幣に価値が乗るのだという関係性になります。金本位制が敷かれていた時代には、金の埋蔵量がそのまま貨幣の信頼を裏付けていましたが、貨幣は今やそうした裏付けから解放された、ある種根拠のない不思議な存在でした。租税に貨幣の論拠を紐付ける形は、国家がなぜ貨幣を最終的に受け取るのかをきれいに説明できるので、私はかなり納得しました。

この本ではさらに、国家経営をバランスシートとみなし、バランスシート上では政府赤字は民間黒字の裏返しに過ぎないとします。政府赤字の拡大は民間黒字の拡大であり、それの何が悪いのか、人々に便益はちゃんと巡っていくではないかくらいの勢いです。この結果生まれるのが、「国家債務を積んでも、国家経営は破綻しない」というロジックです。これは昨今の国会の議論を聞いていても時たま登場する話になってきており、市民権を得始めているように見えます。余談ですが、このバランスシート論にはさまざまな疑義が投げかけられており、現在も議論中のようです。

私が研修でアメリカの大学に行くなどして、金融工学を学んでいたときに貨幣の話が気になって、さまざまな本を読み漁って得た知識が久しぶりにアップデートされるよい本でした。古かった国家観も租税を中心としたものにアップデートされる可能性があると思います。現代の民主主義国家の存在を支える新しい論拠になるかもしれません。個人的には国家は税金とその税を使ったサービスの提供を論拠とするものだと昔から思っていたので、非常に腑に落ちる話が多かったです。

ただ、バランスシート論は、国家の変数はもう少しあるはずだと思うので、ちょっとナイーブかもなと思いました。反論できるほど詳しくないんですが…。

本書を読むにはマクロ経済学の入門程度の知識と、会計学の知識が多少あるとよさそうです。もっとも、本の中でこうした前提知識は解説してくれます。前提知識がある場合は読み飛ばしできます。

『ジェンダー・トラブル 新装版 ―フェミニズムとアイデンティティの攪乱―』

今年は流行語大賞のトップ10入りに「ジェンダー平等」がありましたか。たしかに、日本社会の女性に対する扱いに関して「なんだかなあ」と思う話が多い1年でしたね。この10年、とくに後半5年くらいで、こうしたジェンダー意識は浸透し、一気に世の中の価値観が変化してしまいました。価値観のアップデートが必要だと感じさせられる1年でした。

ジェンダー・トラブルという本を読んで思ったことは、女とはひとつではなく、フェミニズムという活動は内部に矛盾を抱えているということです。ジュリア・クリステヴァがいうように「厳密に言えば、『女』というものが存在しているとは言えない」というのが、フェミニズムの難しいところです。実際、私の周りの女性の意見を聞いていても、フェミニズム(的姿勢)を支持しない方は多くいらっしゃいます。ところが、これまでのフェミニズムの議論では女を十全に適切に表現する言語を作り出すことが求められてきました。ここに矛盾がありました。

バトラーはこの誰も疑ってこなかったジェンダー(フェミニズム)議論の中にある主体を崩しにかかります。フェミニズムの確固たる主体は女だったはずですが、そこにメスをいれるわけです。バトラーは「おそらく逆説的なことだが、『女』という主体がどこにも前提とされない場合にのみ、『表象/代表』はフェミニズムにとって有意義なものとなるだろう」と言っています。ここにバトラーのビジョンがありました。

『ジェンダー・トラブル』を読みこなすためには、まず昨今のフェミニズムの議論の思想的な流れについて概略を掴む必要があるのと、加えてミシェル・フーコーが頻繁に登場するので、そちらの概略もおおよそ掴んでおく必要がありそうです。ちなみに私はフェミニズムの議論は大学でさえほぼ読んだことがなく、フーコーの『性の歴史』は図書館でちょっと読んだので概略を知っていました、程度の理解です。バトラー自体が相当難しいので、この書評も間違っているかもしれません。

フェミニズムについては、私自身は活動によっては賛同できないものもありますが、男性主体だった社会構造をひっくり返す運動という側面では期待をしています。もうそのような男性にすべてを推進してもらう(男性がすべてを推進する; この部分の言い回しは、過去をどう捉えるかによって変わるので、非常にナイーブです)時代は終わっており、みんなで協力して社会を作っていく時代がやってきていますから、そうした方向に進むとよいなと思っています。

私はフェミニズムは支持しますがフェミニストではありません。というか、男性主体を解体したいのであって女性の権利を強くしたいとは思っていません。そうではなく、あらゆるジェンダーが同権で相対的に扱われることを望んでいます。さらに突き進めると、ジェンダー云々という縛りではなく「人間個々人」が自身の正しい権利を得られる社会を望んでいます。同権であるということは選択肢があるということです。これはとても重要です。近代国家がやり残した課題であり、理想であり、フロンティアでもあります。フェミニズムはあくまで「そのうちのひとつ」なのです。

フェミニズムは支持するけれど、フェミニストではないという迷いもあったりする方は多いと思います。今年読んだ本の中に『フェミニストではないけれど』という韓国人女性が書いたエッセイがあって、これもとてもよかったです。この本はいろいろ共感することが多いです。等身大のフェミニズムを知りたいという方におすすめできるかなと思います。日本と韓国は、女性がおかれている状況が近いと思うので。

『実力も運のうち 能力主義は正義か?』

格差問題とそれにともなうエリートになれなかった人々の尊厳の喪失に関する鋭い分析が並ぶ本です。アメリカはいわゆる超能力主義社会になってしまっているわけですが、社会的に成功できた人々の傲慢な振る舞いが、そうではなかった人々との間に尊厳の差を生み出してしまい、結果それが断絶を生んでいるというのが本書のスタートです。

機会平等のない社会で能力主義を展開すると、機会平等のなさに成功者が気づかず、結果自分の実力であったと勘違いしてしまうというのはよくある話だと思います。能力主義社会における成功への過度な賞賛は、運の要素が忘れさせたり、一歩間違えば別のシナリオがあったかもしれないと思い至らなくさせるのです。それを戒めていたのが宗教だったわけですが、現代では宗教の権威や浸透は多くの社会で解体されてしまっています。

この本ではそうした傲慢さを、人生の要所要所でのくじ引き制度の導入で対処できないか検討します。受験などにいわゆるくじ引き制度を入れるという、なかなか元も子もない話が展開されます。社会的な成功に偶然性を導入してみてはどうかという提案です。自身の人生の岐路で明確に感じられる偶然性があれば、自分の力の及ばない場所で成功の手綱が握られるわけですから、少しは謙虚になるだろうといったところでしょうか。

ただし、この話はアメリカ社会が議論の前提となっており、普遍性については検討の余地があるという点には注意が必要だと思っています。サンデルの議論は、サンデル自身が昔白熱教室の授業をどう組み立てるかについて語った際に言っていたことですが、日頃の新聞やニュースから拾ってくる話が多いです。そうした元ネタはアメリカ社会での出来事であり、この議論をそのまま別の社会に適用することは難しいでしょう。日本社会には日本社会のロジックがありますから、アメリカ社会と前提として何が違うかを切り離して考えていく必要があります。

たとえば、日本では「おかげさまで」という考え方が今でも浸透している方だと思います。日本社会は非常に精神的というか、少なくともアメリカ社会とは違い物質的でもなければ合理的でもないところがあります。日本社会は他人がどう思うかを中心に動いており、そうした社会ではサンデルの議論を簡単に当てはめるのは難しいかもしれません。日本社会をはじめとするアジア圏の場合、くじ引き制が導入されるとそもそも「自分なんかが通りっこない」と尻込みしてしまうかもしれません。サンデルの議論の日本社会への適用は、慎重さが求められると思います。アジア圏での分析が待たれます。

本書はとくに前提知識は不要かもしれませんが、ロールズとハイエクの思想を入門程度でよいので理解していると、より深く読めると思います。

『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』

今年3月に ABC 予想を証明したとする論文が発表されて話題になりましたね。その証明に関して、望月教授と親しい著者が、人となりから理論の触りの部分くらいまでを解説する良書です。といっても、私は数学は専門外なので、上3つの本と比べると感想程度しか書けません…。というか、解説すると間違える気がするので、詳しい議論は本書をご覧ください。

この証明の肝となったのが宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)でした。えーっと、解説はできないのでかなり端折りますが、要するに足し算と掛け算を別個のものとして考え、掛け算側をいじってどうこうするみたいな話みたいです。

と聞くと、数学的知識がない方からするとちんぷんかんぷんかもしれません。私は実は社会人になってからいわゆる群環体の話を学び、いわゆる二項演算のひとつひとつは実は意外と違う性質をもっているかもしれない、というような前提知識をもっていたので、比較的すらすら読めました。とくに群(ほぼ足し算)と環(ほぼ掛け算)は、まずまず大きな断絶があるなあと思っていました。可換群を前提として条件を少し追加すると環になるわけですが、そもそも別概念として定義されている以上別で、そう簡単に行き来できるものではないはずです。そこを突いたのが、IUT理論だったわけですね。

IUT 理論は正直数学――とくに代数学に触れたことがない方には、まったく直感に反していて、何を言っているんだろうみたいな議論を展開していきます。2 + 2 = 4 で、2が2個あるから 2 * 2 = 4 が成り立つ、掛け算は足し算の繰り返しの省略記法だ、という世界観を暗黙的にこれまで受容してきているとなかなか受け入れがたい理論でしょう。ですが、足し算と掛け算の間には思った以上に深い溝があるのです。

といったような深淵な話が続くいい本でした。正直なところ、概念はつかめましたが、証明や数式上はどうなっているかについてはほぼ触れられないので、わかったようなわからなかったような、そんな気持ちになる本ではありました。しかし説明は非常にわかりやすく、さまざまな「たとえ」を使って読者を楽しませてくれます。群論や環論に少し触れたことがあると、より楽しめる一冊だと思います。

『ポスト・ヒューマニズム』

最後は現代思想の一冊です。近年日本の出版業界でようやく話題になってきた、思弁的実在論やオブジェクト指向論、そして加速主義や新実在論等に関するよい入門書になっています。

ただし入門書とはいえ、この本は近現代くらいまでの哲学史の知識はほとんど前提として議論が進んでいくので、完全な哲学初学者の方はおそらく読めません…。

現代思想は基本的にはニーチェの射程上におり、要するに神が死んだ世界線にいます。これまで統治者や支配層の権威の論拠だった神や神話、その一族のもつ特別な物語といったものが解体され、ひとりひとりの人間が論拠を得る旅をしなければならなくなりました。これが現代です。

しかし、こうして主権を人間がもちはじめた時代も終わりを迎えつつあり、近年議論されているのは「人間が消滅する可能性まで考慮した思想」になってきています。消滅するというのはつまり人間が絶滅することです。

人間が消滅したあとの世界については哲学でもこれまであまりまともに扱ってきたとは言えないかな、と個人的に思っています。たとえば現象学などで登場する志向性といった概念はまさに人間が中心となる概念です。人間が消滅したあと、この志向性は成立するとは言い切れません。人間がいない世界をどう哲学的に捉えるかが問題になってきているのです。物同士の関係性や、人間なしで回る世界、ビッグバン以前などが考察の対象です。

本書では現代思想として、反出生主義(シオラン)、思弁的実在論(メイヤスー、ブラシエ、ハーマン、グラント)、加速主義(ニック・ランド)、そして新実在論(マルクス・ガブリエル)に関してとりあげられます。ポストモダン以降の思想への入門書として、薄めの新書ながら思想の対置などが行われており、よくまとまっていると思いました。

登場する思想や哲学者については最近実は時々キャッチアップしていたのでだいたい概要は把握していたのですが、思想間の関係性やその他の詳しい話はよく知らなかったので、普通に勉強になりました。そういえばまだ積んでいたメイヤスーの『有限性のあとで』があったことを思い出しました…

著者は5年ほど前に下記の本を書かれた方だと思いますが、この本もとてもよかったです。

まとめ

今回は紹介していませんが今年は新書を中心に多くの本を読んだと思います。その他技術書も含めると、だいたい60冊〜70冊くらい読んだ気がします。ただ、感想をまとめる時間がなく、読みっぱなしにしてしまった本も多々ありました。また、文芸を読む時間がなかったのも少し心残りでした。

年末年始は、ハンナ・アーレント『責任と判断』や『多様性の科学』、あとは最近発売されていたドゥルーズに関する本を読む予定です。年末年始くらいしかじっくり哲学書を読める時間はないので、今から楽しみです。

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