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微魔女、サンライズに乗る・1 

地球の裏側から特急予約

 昨年、日本に一時帰国するにあたり、四国・広島を旅行した。
 今回は久しぶりに息子が一緒なので、いつもは買い物に始終してしまう滞在期間の一部を国内旅行に充てることにした。そこでひらめいたのが外国人(と海外在留日本人)の強い味方、ジャパンレイルパス(Japan Rail Pass)。3万円程度(当時)の運賃で7日間日本中のJRが乗り放題。しかも新幹線のこだまとひかり、在来線の特急も指定席が乗り放題となれば、すっかりなりをひそめていた“軽度・鉄子”の血も騒ぎだす。しかも、10月からは約2倍に値上げとの情報をキャッチしたからには、パスを買わないテはない。
 パス(正しくは引換券)は海外でしか購入できないうえ、購入後3か月以内に日本で紙の切符と引き換えなければならないので、11月の出発に向けて値上げ前ぎりぎりの9月下旬にメルボルンの代理店で購入。コンパス時刻表を片手にネット検索しながら、愛媛から広島、大阪を巡る鉄道路線の旅程を立てる。私の鉄ヲタがどのカテゴリーに入るのかは知らないが、私の旅はプランニングからすでに始まっている。そしてトラブルもなく旅程を完遂したときの達成感は、乗り換えが多かったり、接続が難しかったり、現地情報が乏しかったりする旅程ほど大きくなる。
 今回の目玉はなんといっても今や日本に一路線しか走っていないという“特急寝台サンライズ”。息子に鉄道の国ニッポンの底力を見せつけてやりたい一心でがっつり旅程に組み込んだ。

ジャパンレールパス

 メルボルンでのパス購入は現地の旅行代理店経由での購入のみなので、ネットで予約をした後に引換券を受け取りに行く。
 「特急券の予約はネットでできますよね?」
 と念のために確認すると、
 「いえ、代理店経由での購入では海外から特急券の予約はできません」。
 「えっ?」
“海外から特急券の予約ができない”は初耳だった。サンライズを含めて、特急券の予約はJRのサイトからできることをリサーチ済み。再確認のために聞いたまでのこと。仮に海外からの予約ができないとしても、オフシーズンなので日本に帰国してから予約すればいいか。ただ、今回の旅行のメインとなるサンライズの予約となると、そんなに悠長に構えてもいられない、というのがネットで調べるほどわかってきた。JRの予約サイトに会員登録(J-West)してからチケット発売開始の1か月前に備えるのが王道らしい。
 一応、サンライズに乗るA案と乗らないで新幹線を使うB案を立てたのだが、サンライズに乗らないとなると、7日間の旅程とはいえ、随分と色褪せてしまい、ますますサンライズへの思いが募ってくる。発売開始日となる旅程の1か月前にトライしてみて、ダメだったら日本に帰った翌朝、みどりの窓口に並ぼう。
 検索すると山のように出てくる親切なサンライズ予約関連のブログを参考にして、息子共々JRの予約サイトに会員登録し、各々2台のコンピューターで発売当日の午前10時にワンクリックできるように待機した。第一希望はサンライズツインで、続いてシングルツイン、シングル。学生の頃、コンサートのチケットを買うために(なぜか固定電話より)繋がりやすいと言われた都内の公衆電話前で待機したっけ。友達がチケットぴあでバイトを始めたので、そんな苦労も無くなったけどな。
 そんな4半世紀以上も前の青臭い思い出に浸っているうちに、時計は日本時間午前10時、メルボルン時間の正午12時に。それっ!の掛け声と共に2部屋に別れてクリック。息子は2台共アウト、私は1台だけ次のステップに進めたものの、経路・設備の選択画面で戸惑っているうちに、ツインはすべて売り切れてしまった。この間約2~3分弱。
 「ニッポンジン、こわい……」
 と言いながら部屋にやって来た息子。鉄道が生活の一部であり文化でもある日本人の底力は半分オーストラリア人のお前にはわかるまい。私ですら、ニッポンジンのサンライズにかける熱量を、地球の裏側でびしびしと感じたほどだ。
 「うーん、悔しい。何が何でも、サンライズに乗ってくれるわっ!」。心のなかでは地団駄を踏みながら、息子には母親のプライドがあるので、バックアッププランを披露して冷静さを装う。下りのサンライズはあきらめ、一週間後の上りなら窓口に並んで取れるかもしれないとも。最悪それがダメでも旅行に行かないわけではないのだからと、行きは四国までは新幹線と在来線特急を乗り継ぎ、帰りに岡山からサンライズに乗る旅程に夜までかかって変更した。
 ふと、コンピューターを閉じる前に満員になったサンライズの予約ページがどうなっているのか知りたくて、物見遊山でログインしてみた。
 と、目に飛び込んできたのはB個室寝台シングルの空席のマーク! えっ!? 昼間は全部×印だったよね? え、どういうこと!?
 「息子―っ‼」。
 慌てて息子のコンピュータも予約ページにログインさせると、そこにも空席を示す△印。一回に一席しか予約ができないので、手続きをしている間にほかの席が無くなってしまう危険性がある。どんな席かわからない、ホームしか見えない下の席かもしれない、それでもサンライズに乗ることに意義があるんだからと自分に行き聞かせ、2台のコンピューターで息子と同時に2席を無事確保。支払いを終えてから座席を確認してみると、2号車と7号車ながらも天が仰げる2階席の模様。一体どういうことなのか気になるところだが、チケットは予約できたので良しとすることにした。
 1日かけて練り直した新幹線プランはまったくの無駄になってしまったが、サンライズに乗れるのだから結果オーライとしよう。

サンライズ瀬戸チケット

  さて、予定通り10月に日本到着後、東京駅で紙の特急券を予約する際に窓口の人に話してみた。
 「きっと、キャンセルが出たんですよ。ラッキーでしたね」
 「乗ってみてがらがらだったりしたら有難みが激減するので、空席状況を調べてもらえませんか?」
 指定席特急券の発券だけでもすでに1時間もかかっている迷惑客なのに、そんな下衆なお願いにも快くキーを叩いてくれた。
 「きれいに満席ですよ! いやー、ラッキーでしたね! 羨ましい!」
 プロにそういわれると、嬉しさも倍増。ようやく“サンライズ瀬戸”というプラチナチケットを手に入れた喜びを嚙み締めたのだった。

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