別に自分語りの一つや二つ

 本当にタイトル通り自分語りするだけです。

「あなたはなんで〇〇をしているんですか?」
「あなたは何が好きなんですか?」
 
 私はこの手の質問がめっぽう苦手です。何故ならそんなものないからです。惰性で生きている。

 私の名前は七緒へいわ、絵を始めとし、他にも曲や詩などの創作をネットに公開してる人です。

 早速ですがわたしには悩みがあります。(悩みって言っていいのか分からないですけども。)それは望みが欲しいというものです。
 
 ここから先の文章は次の段落まではなんの面白みもないただただ「わたしには自我がないよ?」ってのを書き連ねてるにすぎないです。

 私はよく絵を描いているのですが、なんで描いてるかって言われても答えられないんですよ。特に理由ないし。辞める理由もないし。
 身につけている服も人に選んでもらったもの、キーホルダーのノリでつけているお守りなんかも神社に行ったら当然買うよなみたいなノリで買ったものをただつけっぱなしにしているだけ。別に特にこれといった趣味は本当になくって、ただただ過去してたことを拒否する理由もないから繰り返してるだけなんですよね。
 逆に特になんの目的理念もなく絵を描いてるので、純粋な絵ができてるのかもしれないですが。知らんけど。
 というかそもそも行動理念がない。何がしたいだとか、何をしようだとか、そういうものがないんですよ。幸福のために皆が生きてるってのもよく分からない。ついつい否定してしまうのはアレです。なんで幸せな方がいいのか一切理解できないからです。快より不快の方が感情として強いものとなるので不快の方がまだ良くね?と常々思ってます。わたしにとって感情は絵の材料以上の何物でもない。
 とにかくなんの意思もないので「なんか正しい気がすること」「なんとなく私がしてて違和感がないこと」「なんとなく昨日やってたこと」を延々と繰り返してる、そんな生活をしております。
 余談だけど私含めて近代的自我なんぞ持ってない人間っていっぱいいる気がするんですよ。生まれながらの奴隷みたいなやつ。なんなら自己同一性を保つ気すらないケモノみたいなやつとかもいますよね。

 ……とかたいそうなこと言ってるツラしてますが、こんなこと言ってる無気力症候群みたいなやつぶっちゃけ山ほどいるとおもいます。「うるせぇよばーか」というのが多分正しい反応。

 「心持ったおめーなんぞ存在しねーんだよぼけ!幸福とかいう概念すらない人間モドキが、とっとと自我捨てて魂無き社会の歯車になった方が社会のためになるしまだマシだわ!心すらない人間モドキが、生まれてから死ぬまで死にっぱなしのやつが人間のふりしてんじゃねーよ!とっとと死ね!」
 
 というのが多分最適解ではあるんですが…そこまで行くほど中身が無いわけでもないんですよ…

 ガバガバなアイデンティティをしているので、マァ普通だとは思うんですけど時間によって性格がコロコロ変わると言いますか…マァそんな有象無象な「私」たちの共通点が無駄にあるんですよ…
 
 それは「自身を、確固たる意志と心を持った『七緒へいわ』という存在であると認識している」というものです。
 自己同一性を保とうとする点にある自己同一性とか…自我を極限まで削減した自己同一性保持方法です。心はないけど人間になったふりをしたい私みたいな人におすすめ。
 
 まぁ実際こんな自己同一性に延々縋ってる時点で「七緒へいわ」は架空の存在なのですが…実際の我々七緒へいわは「七緒へいわ」を襲名してる有象無象の群れに過ぎんですね。
 
 マァ私は自己同一性を保持しようとすることを自己同一性にしてるんですよ。自分で言ってて意味がわからん。しかもそれ以外ない。自我のコストパフォーマンスが良い物体。(自己同一性が)かるくてつよい。
 
 なんだっけ、なんのせいだっけ、アドラー心理学で有名な岸見一郎先生のアレ、嫌われる勇気。
 
 こうなってることを後悔してるわけではないですけど自分をただの現象だとした時にただの肉塊をこんなめんどくさいものにしたのは多分これですね。
 
 ああいう本はちゃんと心を持った人間が自我をコントロールしていくために使いましょう。望みがある気がしてるだけの私みたいな人が使うと人間になった夢を見ますよ。心がないブリキが人の心を得られるのはオズの魔法使いだけです。てかアレ反則だろうが。
 
 マァつまりなんかっていうと私という現象がワタワタしてるだけなんですが、マァ……………………なりたいなぁ…七緒へいわに……
 
 おまけとしてさっきやったなんかの診断貼っときます。

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