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エッセイ 同じ顔の、違う店(#最近行ってよかった店)

ふと気がつくと、ずいぶん外食をしていない。
自粛自粛と言われた頃は「外食しなくなった」と思っていたが、もうそれが日常化してしまって特に寂しいとも思わなくなっていた。
出先で朝食をとったり、元気のない時に夕食を食べたり、外で食事をとること自体はするようになったが、誰かと外食をすることは最後がもういつだったかわからないくらいに前のことになってしまった。

「行っとく?」
帰社のタイミングで突然言われた。言われて、ああ、もういいんだっけ、と今更思った。長いこと会社から外食禁止を言い渡されていて、もうとっくにそれは解けていたのだ。

「あそこの、あれそれ」
店の場所を教えられる。ずきんと胸が痛む。自粛期間中に閉めた店のある場所だ。居抜きで、新しい店が入ったらしい。以前よく通った店で、なんとなく責任を感じていた。

幾分重い気持ちで店に入ると、内装までそのままだ。少し不器用で無愛想なオーナーが口をとがらせていたカウンターに、愛想のいい初老のおじさまが笑っていた。

「ピザとタコス、あとローストビーフ」連れてきてくれた先輩がメニューのおすすめを指差す。前はカジュアルフレンチの店だったが、アメリカ風のバーになっている。ソルティドッグを頼んだ。先輩はビール。

以前の店にはなかった大きな液晶画面でサッカーの試合が流れていた。賑やかなお客さん。同じ場所にある店なのに顔ぶれが全然違う。

チーズのたっぷり入ったピザに、ローストビーフを半分こ。一杯だけ飲んで楽しく話して、さっと帰った。なんていうか、いい酔っ払いだ。また来ようと思った。

昔の店は好きだけど、今の店も好きだ。

昔を懐かしむ自分なんか置きざりにして、街の時間は流れて、前に進んで行く。
久しぶりに誰かと食事に行って楽しかった。おいしかった。
自分も変わって、前に進まなきゃな。そう思った夜だった。

#最近行ってよかった店

エッセイ No.66