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「かわいそう」というマウント

わたしよくやるんですよねーーー。

「かわいそう~」って人に言う方じゃなくて
自分が「かわいそう」ポジションに行こうとする。

わたしはこんなに大変なの!
こんなに忙しいの!
こんなにお金ないの!
こんなにかわいそうなの!

だ か ら
大事にして!
優しくして!
特別扱いして!
甘やかして!

慰めて!

ちっちゃいのから
おっきいのまで
息をするように
やってる。笑

ちっちゃいのでいうと
仕事がふられそうになると
わたし超忙しいんです
あれもこれもそれも
やらされてるんです
残業して休みも返上して
働いてるのに
まだやらせるんですか!?
みたいな口調になっちゃうし
顔もしてる(たぶん)

おっきいのでいうと
何か嫌なことがあれば
心の病気をちらつかせてる
(会社のストレスチェックに
 毎年ひっかかってるとか、
 隙があれば言いふらしてる。
 別に、おっきくはないか。笑)

その前提には

コントロール
したーい

「わたしの」
思い通りに
なってほしーい


があって
結局その時点で
マウントじゃん
って思っています。

うん、思うんだけどね。

やっちゃうよねーーー。

期待を、コントロールを手放すことと
主体性を発揮して責任を持つこと。

自立した個人であることと、
「助けて」「できません」って言えること。

矛盾してない。
全然、矛盾してないはず。

でも、わたしの中では
べた~っとくっついて
一体化してる

真ん中?
バランス?
状況と立場に応じて?
どれも正解で
どれも間違ってる気がする

きっとそれを中庸というのだろうけど

とにもかくにも
悲劇のヒロインごっこをして
「かわいそうなわたし」で
マウントしないで
生きていくには
どうしたらいいのか
どう自分を整えるのがいいのか

模索中の毎日であります

美保
 


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