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FIP定数を考える

1.FIP定数の意味

投手成績を、野手の守備力が影響する要素と投手だけに責任がある要素とに分け、後者だけを用いて評価する指標 Fielding Independent Pitching(FIP)は次のように定式化されている。

FIP={(被本塁打×13+与四死球×3-奪三振×2)}÷投球回数+FIP定数

一般的な説明では、FIP定数はFIPの数字を失点率(ないし防御率)のスケールに合わせる為に加算される調整のための数字とされていて、通常は3前後となる。

FIP定数算出の方法は以下の通り

FIP定数=リーグ失点率ー(リーグ被本塁打×13+リーグ与四死球×3-リーグ奪三振×2)÷リーグ投球回数

なので、前述の「調整用の数字」という説明は定義上は間違ってはいない。しかし概念的に考えてFIP定数にはどのような意味があるのか。

打席結果は、大別して、本塁打を除いてフェア地域内に打球が発生する場合と、発生しない場合に分けられる。前者はBalls In Play(BIP)、後者は本塁打 ・四死球・三振の3つで、非BIPである(Three True Outcomes:TTOとも呼ばれる)。FIPは非BIPの3要素を用いて投手を評価する指標だが、だからといってBIPを最初から無視しているわけではない。FIPは、各要素の得点価値を基に、どの投手も同じ平均的守備陣をバックに投げていると仮定してBIPの計算を割愛できるように、つまりBIPの係数がゼロになるように加工して指標化する。計算上の工夫によってBIPを省略できるようにするのがポイントだ。打撃指標のwOBAが、アウト打席の係数がゼロになるように加工しているのと理屈は同じである。

FIPの解説はこのリンク先の記事に詳しい。ここではBIP全体の平均得点価値はー0.04とされているが、これはBIPも非BIPもひっくるめた全イベントで平均的に期待される得点と比べてBIPから期待される得点が相対的に小さいという意味であり、マイナスだからといってBIPが続けば得点が入らないという意味ではない。仮に全ての対戦打者にBIPを打たせる投手がいたとして、その投手は平均より好成績をあげることは期待できるが、それでも一定の失点はする。

先のリンク先記事と若干手順と数字は異なるが、トム・タンゴの以下の記事も参考にしつつ、FIP導出過程を検討する。

キャプチャ

①BIPの算出を省略できるように0.04を加算する。そしてその分は別枠で全打席から一律に減算する。敷衍すると以下のような処理をしている。

キャプチャ5

②FIPとして最終的に算出される数字をabove averageではなく得点にするため、別枠の全打席に、MLB2003-2012のリーグ総得点÷総打席数にあたる0.12点を加算。

注)DELTAのリンク先記事が2013年3月のものなので、その前10年間の平均をとった。

➂各イベント項目に代入されるスタッツはイニング数で割ることで1イニングあたりの数字になっているので(本稿冒頭のFIP式を参照)、これを9イニングあたりの数字にするため得点価値を9倍して係数とする。打席数は9回あたり平均38.8打席(MLB2003-2012)なので、0.08に掛ける。

四死球:3 本塁打:13 三振:-2 BIP:0 FIP定数:3.1 

これでFIPの各係数とFIP定数を得た。BIPは係数ゼロを掛けることで計算を省略している。

ここで改めてFIP定数の意味を考えてみたい。②で加算する1打席あたり0.12点とは、理論上、試合の中で平均的な打撃結果が続く毎に0.12点ずつ得点が入っていることを意味する(もちろん実際の得点は整数単位でしか入らないが)。BIPの得点価値ー0.04は、平均的な打撃結果と比べてBIPから期待される得点が0.04点少ないことを意味するので、これを0.12点に加算した結果の0.08点とは、BIP1打席あたり期待される得点を意味する。つまり全ての打席がBIPと仮定した場合、得点が0.08点ずつ入っていくことになる。これに9回あたり見込み対戦打者数38.8を掛けると1試合の全打席がBIPだった場合に期待される得点(3.09)になる。これがFIP定数の意味である。つまりFIPとは、全対戦打者の打撃結果がBIPに終わるというケースをまず想定し、そこに被本塁打・与四死球・奪三振が加わることによって失点がどれだけ増減するかを推定して投手を評価する指標ということになる。

FIP定数は文字通り「定数」なので、全ての投手に一律に適用される。つまりこの定数は「投手が9回を投げる間に対戦する打者数はほぼ同じ(この場合は38.8)」という前提に基づいている

2.FIP定数への非BIP各要素の影響度

先のトム・タンゴの記事は、良い投手は9回あたり対戦打者数が少ないのでこの手法には好投手を過小評価するバイアスが働いている、と指摘している。それでは具体的に非BIP3要素の中でどれがバイアスに繋がっているのか検討したい。なお、FIP的に言えば「好投手=非BIP3要素で良い成績をあげる投手」なので、たとえばゴロを打たせる能力などはここでは検討できない。

注)さらにもう1つのバイアスとして、優秀な投手が投げている場合は各イベントの得点価値自体が変わるから係数も異なるはず、という問題があるが、本稿ではそこは割愛して、FIP定数として加算される部分のみに着目する。

MLB2003-2012の期間のうち、9回当たり対戦打者数が最も38.8に近かった2005年の規定投球回到達者93人をピックアップする。サンプルサイズの小ささはご容赦願いたい。

キャプチャ9

FIPと対戦打者/9IPとの間には強い相関がみられた(赤地、0.71)。FIPが優秀な投手ほど少ない対戦打者でイニングを消化していることが分かる。

対戦打者/9IPとBIP/9IPとの間には中程度の相関がある(緑地、0.53)。ちなみに非BIP/9IPとの相関係数は0.10(緑地)なので、対戦打者数に影響を与えるのは主にBIP数ということになる。そもそも絶対数においてBIPは非BIPの2.5倍ほどあったので当然と言えば当然である。FIPが優秀な投手の場合、奪三振の多さと与四死球の少なさが相殺して、非BIPへの影響は弱かった(紫地、相関係数-0.21)。

BIP/9IPと非BIP3要素の中で強力な相関が見られたのは奪三振/9IPだった(黄地、相関係数-0.93)。本塁打が四死球以上にBIPとの間に相関(黄地、0.32)があるのは意外だったが、本塁打の絶対数の少なさを考えれば単なる偶然かもしれない。少なくともバットに当たった結果、という意味では本塁打はBIPに最も近いとは言えるが。

奪三振とBIPとのマイナス相関の際立った高さは野球のルールから説明できる。奪三振と凡打アウトのトータルは1試合27個、1イニング3個と固定されており、相互に排他的な関係にある。奪三振が増えればイニング終了が近づいて凡打アウトの余地が減り、ひいてはBIP自体の発生可能性が減る。

ここまで見ると奪三振は対戦打者/9IPに大きな影響を与えているように見えるが、実はその相関係数は-0.31しかない(水色地)。奪三振は与四死球・被本塁打と比べて絶対数が多いため、非BIP数を増やすことで、BIP数を減らす作用をある程度相殺するからだ。むしろ与四死球の方が、アウトカウントを増やさないのでBIP数に影響を与えず、かつ非BIPを増やすことで対戦打者数に影響を与えている(水色地、相関係数0.62)。

3.FIP定数の安定性

ではそもそも9回あたり対戦打者数にはどれくらいのバラつきがあるだろうか。規定到達者93人の9回あたり対戦打者数の標準偏差は1.33人である。最多は41.6人(ホセ・リマ、FIP最下位)、最少は35.0人(ペドロ・マルティネス、FIP5位)だった。これに先のFIP定数の基となるBIP1打席あたりに期待される得点0.08を掛けると、9回あたり標準偏差で0.11点となる。リーグ平均と比べて、最多人数のリマで9回あたり0.23点、最少人数のペドロで9回あたりー0.30点になる計算だ。厳密に考えればFIP定数を9回あたり対戦打者数に応じて変えなければいけないことになるが、FIPの最大の利点である計算の簡便さを犠牲にしてまで必要な補正とは言えない程度の数字ではないだろうか。

筆者の以下のツイートからの思い付きで検証してみたが、容認できる程度の小さなバイアスに過ぎないのではないか、そして非BIPの各個別要素と対戦打者数との間にそこまで強力な相関が見られないことから、各要素から対戦打者数を類推して補正するという方法も難しいのではないか、というのが本稿の一応の結論である。余裕があれば、よりサンプルサイズを大きくして改めて検討してみたい。


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