『ひと夏っ恋』④/⑯

九割九分二厘あきらめて期待もしていなかったこの出逢いに、願ってもいなかった「一緒に帰ろう」なんていう女神の一言。あぁもうこんな日が来るなんて。遅くまでサッカー頑張ってて良かった。今日は部室にケータイ忘れてきて良かった。ずっとユキナさんに憧れてて良かった。これまでの想いが報われたー。
「じゃあ、行きましょうか。田渕くんはこっち方面?」
「そうです。あ、いや、どっちからでも帰れるんで酒井さんの方向に合わせて大丈夫です。」
「ありがと。そんなに固い口調じゃなくて、タメ口でいいよ。同じクラスメイトじゃない。」
「そう?ですか?・・・じゃあ、タメ口で・・・いくね。いきます。あ、いや、タメ口で話す。」
「ふふ、田渕くんっておもしろい。」

 そこからの帰り道、何を話したかあまりちゃんと覚えていない。自分のことを色々話した気がする。変なことは言っていないし、終始彼女も笑顔で聞いてくれていたから雰囲気も悪くなかった(はず)。時折彼女がしてくれる相槌のトーンが心地良くて、ずっと自分がしゃべってしまった。

田んぼに挟まれた細い道を行き、少しだけ上り坂を越えたら竹林に囲まれる。普段はこっちから帰ることはなく久しぶりに通る道だが、知らない道ではない。竹林を抜け駄菓子屋の角を左に曲がったらウチの方向だ。彼女の家がどこだか知らないが、ウチの近所ではないので、きっとこの角は曲がらずにまっすぐに行くのだろう。

もうすぐ分かれ道になる。この幸せな時間も終わりに近づく。神様、恵まれないこの迷える子羊に、こんなにも幸福感に満ちた時間を与えてくれて心より感謝します。これからもクラスでは会うでしょうけど、きっとこんなに話せることはこの先もうないでしょう。神様ありがとうございます。
「どうしたの?急に黙っちゃって。」
いけない、彼女との会話の流れが途切れたところで神様に感謝する時間を過ごしてしまっていた。「ううん、酒井さんとこうしてお話しできて、うれしいなーと思って。」と何も考えずに、正直な感想をなんのフィルターも通さず僕は言葉に換えていた。
いけない、なんか告白みたいに聞こえてしまってはいまいか。思わず口走ってしまったが、この、『何も始まってはいないがそれでも充分満足なこの心地良い二人の距離感』が離れていってはしまわないか。はっと思い返して急激に心配になった。
「やっぱり、田渕くんっておもしろい。」

 きっと、心配するだけ無駄か。この人はもう本当にやさしい。女神だ。すべてを温かく包み込んでくれる太陽神だ。
「田渕くん、ちょっとだけ付き合ってくれないかな。」と彼女は言った。

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