『ひと夏っ恋』⑭/⑯

部屋のベランダに出るとすっかり秋の匂いがした。風はなく静かな夜だが、少し前の蒸し暑さはもう感じられなくなっていた。
ケータイのアドレス帳のユキナさんのところで発信動作をする。念のため親が急に来たりしていないか、改めて部屋の中を振り返る。誰もいない。大丈夫。
プルルルル、と発信音がしばらく鳴り続けたまま、三十秒近く経つ。タイミングが悪かったか、晩ご飯中だったか。

ユキナさんは晩ご飯のときは家族と過ごす時間を大切にするため、ケータイは部屋に置きっぱなしにしている。以前もそういうことがあり、折り返し電話をくれたことがある。今日もきっとそんなところだろう。
もうこっちは風呂も入り終わったし、いつ折り返しが来てもすぐに出られる状態にある。あとは電話が少しでもできたら寝るだけ。折り返しが来るまでマンガでも読んで待っていよう。
しかしその晩、マンガを四冊読んでも電話は来ず、五冊目の途中で僕は眠ってしまった。

 翌朝気が付くと、部活の時間まであと三十分しかなかった。土曜の部活は普段の学校に行く時間よりも早い。急いで支度をしないと遅刻の罰としてグラウンド六周が待っている。
朝食もそこそこに、支度を終えてケータイを見るがユキナさんからの折り返しは来ていない。どうしたんだろう。あのハイテンションがマズかったか。そんなことで距離ができてしまう?そんなことはないはず。昨夜はあの時間でもう寝ちゃっていた?
もし今日の部活で学校に行って逢えたら、話せたら話そう。見かけて目が合うか、あるいは元気なことだけでもわかればもう一度夜に電話をしてみよう。そう思って僕は部活へ向かった。

 ブラスバンド部は今日も部活をやっているようだったが、夕方までユキナさんの姿は見られなかった。帰る時も逢えず、今日の部活に来ていたかもわからなかった。明日日曜日はサッカー部は休みだが、ブラスバンド部はやっている。次にチャンスがあるとしたら月曜日学校で、か。

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