『綿毛と飛行機雲』②/③

天気予報の通り、入道雲の間を縫うように真夏の陽射しがアスファルトを突き刺している。一年ぶりに夏の暑さを思い出した。そういえば、プールに行きたいと毎年思いながら行けていない。今年こそ彼女と。いや、会社の同僚の男たちで行くのもいい。

そんなことを考えながら、歩道に作られたビルの日陰の通り道をたどって喫茶店へ向かった。交通量の多いメイン通りから一本入ったところにその喫茶店はある。路地に面して大きな窓があるが、ビルの谷間にあるため真夏の陽射しは入ってこない。高校時代はよく仲間たちとこの喫茶店に涼みに来ていた。あの頃と変わらない佇まいの古びたドアをゆっくり開けると、乾いた音が店内に響くと同時に店内のクーラーの涼しさに包まれた。僕は無意識に、お決まりの座席に向かって歩を進めていた。


「や、久しぶり。」いつもの席にはすでにコジマが座っていた。あの頃と何一つ変わらないあどけない笑顔で、真っ直ぐに手を挙げて僕の方を見ていた。「おう、久しぶり」僕も手を挙げ小さく振った。
「突然手紙なんて送っちゃって、しかも会いたいなんてごめんね。用事とかなかった?」
「大丈夫。土日は仕事もないし、今日はなんも予定なかったから。それより急にどうした?」
「ううん、大した用もないんだけどね。久しぶりに会いたくなっちゃって。」と言って、またアホみたいな笑顔を僕に向けた。昔から僕はこの笑顔に癒されていた。

「それよりさ、あの写真見てくれた?」
「手紙と一緒に入ってたやつ?」
「うん」と彼女は、目を輝かせながら僕の返事を待った。
「あんなにキレイなところあるんだね。すばらしい景色だと思う。」
「私が育てた小麦たちなんだ」そう言って彼女は、うれしそうに満面の笑みを浮かべながら、より一層その目を輝かせた。僕は初めて、彼女の卒業後の進路を把握した。
「すごいね。あれだけの小麦育てるの大変でしょ」
「大変だったよ。何年か前に台風が直撃したりね。色々あったけど、それでもめげずに強く育ってくれてさ。やっとあの写真くらい収穫できるようになったんだ。この喜びを誰かと分かち合いたくてね。」

きっと彼女のことだ。僕らとつるみながらアホみたいに笑っていた頃とは比べ物にならないくらい大変なこともあっただろう。「そんなこと」と笑い飛ばせないこともあったかもしれない。それでも彼女は大地を愛し、夢に向かって歩み続けていた。その結晶が、写真の中で雄々しく揺れる黄金の海なのだ。彼女の自慢の小麦を前にし、僕の日常はひどく霞んで見える気がした。

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