『ひと夏っ恋』⑥/⑯

土日とも部活があり、程々の疲労感はいつも通りあったが、回復はこれまでにないほど早かった。間違いなく、金曜夕方の、あの駄菓子屋曲がり角での出来事のせいだ。

サッカー部の連中にはまだ話していない。言いたい、けど言っていいものか。ユキナさんはどういうスタンスでこの恋愛をするつもりなのだろうか。
彼氏彼女として、周囲との距離感は?どんな間合いでこの愛しき悪友と向き合おうか。ユキナさんと、いや、僕の彼女とその辺はよく相談してからにしよう。『僕の彼女』って・・・!!

「金曜日やっぱブラバン部会えなかったわ。意外に帰んの早かったのかもな。ユキナさんに逢えるって占いで言ってたのになー。」
 神は僕に満面の笑みを向けてくれたのだ。君たちではないぞ。
「ブチさんなんてかすりもしなかったでしょ。とっくにユキナさん帰ってて。」
「いいの。いつも会えるものさ。信じていればね。脳のメカニズムから言えばね、現実に見る景色も、夢で見るとか想像する景色も、どちらにも違いはないのだよ。脳の中にユキナさんがいるなら、いつでも会えるのさ。」
「ちょっと何言ってるかわかんない。好き過ぎて『恋』が『変』になっちゃった?」
「そうかもね。そういう意味では、ユキナさんには会えたよ。」我ながらタッチラインギリギリの華麗なドリブルのようなトークだ。裏街道で一気にディフェンダーを抜き去った。
「良かったねー。お、ウワサをすれば女神の登場だ。」ブラスバンド部は毎日朝練をしている。一限目の直前までやっているので、朝に教室でゆっくり話す時間はない。

教室に入ってきたユキナさんは、僕と目が合うといつもより増し増しの笑顔を向けてくれた。誰にでも優しくほほえむ彼女だが、他の人に向けるそれより、何倍も心が込められた笑顔だった(ように感じた)。まもなく始業のチャイムが鳴り、一限目が始まった。

授業、朝礼と続き、休み時間も普段と何一つ変わらない。僕は席が近い仲間と週末のサッカーの試合の話題で盛り上がり、教室の対極に位置するユキナさんも、席の近いヒカルたちと談笑している。今のところ、彼氏彼女っぽいことは何もない。
でも朝イチのあの笑顔だ、きっとあの金曜の出来事は夢なんかじゃないし、二人は心の底でつながっている。付き合っていることは二人の共通項にして最大の秘密。このドキドキ感がたまらない。
付き合うってこんなに幸せな気持ちになれるのか。初日にしてすでに幸せのピークを感じてしまっている気がする。幸せ過ぎてこわい。でももっと幸せでいたい。この先はどうなっているのだろうか。何が待っているのだろうか。

昼休みになり早々に弁当を食べ終え、いつものように仲間と校庭にサッカーをしに行こうとしたところでヒカルに呼び止められた。
「田渕ちょっと。」
「どした?」
「これ。」と、ヒカルは小さく折り畳まれた紙切れを僕に手渡した。「ユキナから。」名前を耳にした瞬間、心臓が一段と大きく脈打つのを感じた。
でも表情に出してはいけない。きっとヒカルもこの事実は知らないはずだ。いや、何か知っているのか?わかっていてこの紙切れ、もとい手紙を僕に渡しているのか?あるいは、知らないけどこの手紙によって女のカンってやつが鋭く働いたか?あくまで表情は冷静さを保つよう心がけながら僕はその手紙を受け取った。

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