『ひと夏っ恋』⑫/⑯

「あ、」とユキナさんは顔を上げ、さっきまでの表情と沈黙の間なんてなかったかのように純粋に花火を楽しむ晴れやかな表情を浮かべていた。
「たった一発の花火、いきなり上がっちゃうんだね。せっかくだからカウントダウンとかしてくれたら良かったのに。もったいないね。だから他の地区の人もあんまりこの花火のこと知らないんだね。」
「うん、突然上がるから心の準備もカメラの準備もできないんだ。でもこの中央公園は大きいものがなくて開けているから、公園の中ならどこにいても見えるけどね。」
僕もさっきまでの沈黙なんて無かったかのように、むしろ無かったことにしようと振る舞い、彼女の言葉に返事をした。ユキナさんもさっきの表情を悟られないよう、沈黙していた時間を埋めようとしているのかもしれない。二人がそんな風に繕おうとすることで、そんな沈黙の時間なんて本当は無かったのかもしれない。
僕の頭を嫌な不安がよぎってしまったせいで、ユキナさんの横顔にそんな表情を投影してしまったのかもしれない。本当はその間、彼女はずっと笑顔でいたのかもしれない。想像と現実で見る景色は、脳の働きからしたらどちらも同じもの。僕の不安が彼女の横顔に投影され僕の目に映る。僕はユキナさんの気持ちをどれだけわかっているのだろう。

「幸せになれるかな。」と突然ユキナさんは空を見上げたまま言った。その表情は、すでに消えてしまった花火の余韻をじっくり噛みしめているように見えた。僕は質問の意味がすぐには理解できず、でもまた静寂に包まれるのが怖かったため、「え?」と聞き返してしまった。
「消えちゃった。」
「花火、消えちゃったね。」と僕は言った。
ユキナさんは今度は笑顔を見せ僕の方を向き、「夏が終わるよ。」と言った。
「そうだね。夏が終わる。」僕はさっきから、彼女の言葉をそのままそっくり返すことしかできていない。
自分でもわかるくらい、僕の表情はこわばっている。さっきから押しては返す不安のせいか、花火が消えた余韻のせいか、ユキナさんの笑顔が綺麗なせいか、二人見つめ合うこのシチュエーションのせいか、心臓が激しく脈打って止まらない。

するとユキナさんは僕の両頬をおもむろにつまみ「笑ってよ。」と言った。
本当に無表情だったのだろう。僕の不安が彼女まで不安にしてしまう。つねられた頬は痛い。これは夢じゃない。目の前にあの憧れていたユキナさんがいて、ここまでいくつかの偶然を重ねて、夏祭りデートまでしちゃって、奇跡的に恋人らしく過ごしている。
願ってもない現実の中に僕は身を置いている。この喜びを笑顔で表現しないでどうする。幸せって、まさに今のこの状況のことだろう。
「僕は今すごく幸せを感じてる。だからユキナさんも、きっと幸せになれる。」さっきの彼女の問いを思い出し僕は答えた。
「田渕くんが幸せで良かった。」と彼女は言った。

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