『ひと夏っ恋』⑬/⑯

 夏休みが明け、久しぶりの学校はまだ八月だというのにすでに気が引き締まった雰囲気に満ちている。九月に入るとすぐに始まる各部活の大会や、中間テストのせいだ。

「あれ、数学の宿題のテキスト全部やった?」
「やったけど最後の方全然わかんなかった。あんな難しいの載っけちゃダメだよな。」
「それでいて夏休み明け最初が数学の授業で即提出だもんな。たまんない。」
「ブチさんは?全部終わった?」
「当たり前だろ。学生の本分は勉強だからな。勉強するために生まれてきたようなもんだ。」
「誰がだよ。」

教室の入口付近では「ユキナまだ来ないね。ブラバン部は今日から早速朝練?大変だね。」とヒカルたちがユキナさんを心配していた。
間もなく、「間に合ったー危なかった!」とユキナさんが教室に駆け込んで来た。ヒカルをはじめ、心配していた女子たちがユキナさんの到着を迎えた。キーンコーンカーンコーン「それじゃ授業始めるぞ」数学の授業が始まった。

八月二十二日の夏祭りデート以降、ユキナさんとは電話もできていなかった。学校で会っても相変わらず会話はなかなかできない。今日帰ったら、久しぶりに電話をしてみようか。

「久しぶりに体動かすとキツイわ。五日間も部活ないとヤバイな。」
「サッカーってこんなに大変なスポーツだったっけ?宿題期間はありがたいけど、直後に大会あるのがしんどいわ。」
「でも、きっと?ユキナさんを拝めれば・・・?」
「一気に疲れは吹っ飛ぶ!」
「間違いない!」
「夏休み明け初日から偶然また逢えたらいいなー。」
「今日の占いは大吉だったからな!逢える運命になっている!」
「お前今日売店でパンおまけしてもらってたやん。大吉の幸運パワー使っちゃったな。」
「オー!売店のおばちゃんありがたいけど迷惑!だけどおばちゃんは何も悪くないぞ!けどユキナさんの方が大事・・・おー、あー、あぁ」
「お、音楽室の照明消えたぞ、ウチらも片付けようぜ。」

 部活の片づけをし、部室で着替え終わって外へ出るとすっかり日が暮れ、辺りは夕方の凛とした空気に覆われていた。秋の気配は確かに近付いている。サッカー部の面々はいつものペースで校門へと歩を進めた。
「来た!大吉様バンザイ!」
「明け初日からツイてるな!」
「冷静に、偶然だぞ!」

 校舎から出て来るブラスバンド部の中に、ユキナさんの姿もあった。仲間と楽しそうに話しながら笑顔を浮かべ、時折笑い声も聞こえる。自分たちサッカー部が校舎の出入り口に近付き、ユキナさんたちも自分たちに気が付く。
ユキナさんは僕と目が合い、こちらに向かって小さく手を振った。
「いや、ちょっと待って、おいマジか。ユキナさん手振ってなかった?」
「ついに俺たちも認知されたか!よっしゃ!」
「クラスも一緒なんだからそれくらいあるだろ。」
「おいブチさん冷静すぎるぜどうした?」
「かっこつけるとこじゃないよ?素直に喜びを爆発させよう?」そうツヨシが言うと
「いえーい!フーフーッ!」と僕はテンションのスイッチをおもむろにオンにした。
「ブチさんおい、それは暴発!やめやめ!」
 ブラスバンド部の面々がみんなこっちを見て、中には危険物を見るような目を向ける女子もいたが、ユキナさんは口を手で押さえて笑っていた。
「ユキナさんは喜んでくれてるな、オッケー!」
「結果オーライだな。あっぶねー。」
「ブチさん攻めるねー。オフサイドラインギリだよ。」

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