『ひと夏っ恋』⑦/⑯

「ユキナさんから?何だろう俺なんか悪いことしたかな。」
「何言ってんの。バッカみたい。良いから早く中見れば。それでさっさと球蹴りしにいきなさいよ。」と言ってヒカルは自分の席へ戻っていった。
なんだかいつもよりトゲトゲしい。どんな感情なんだ。性別が違うと、こうも心が読み取れないものか。僕がヒカルに何をしたというのか。理不尽に冷たい言葉を浴びたショックをまといながら、それを押し返して余りある程の喜びを胸に、受け取った手紙を人に見られないように開けてみた。
『080-〇〇〇〇-〇〇〇〇 酒井幸菜』電話番号と名前。かわいすぎる字で書かれたこの手紙をすぐに畳み直し、ポケットにしまい込んで僕は校庭に向かった。

お昼休みの十分ハーフのゲームはすでにキックオフしている。途中出場の僕に出番はあるか。ヒーローは遅れてやって来るものだろ?好きな人、両想いの人が胸にいる。守るものがあるヒーローは、どんな困難にも打ち勝てるんだ。たとえ試合が劣性でも、ヒーローが来れば必ず勝てる。今の僕なら、どんな場面でも大活躍に間違いない。そんな自信をポケットに押し込んでいざ出陣だ。

 さて、いつ電話を掛けたものか。放課後?放課後はすぐに部活へ行ってしまう。部活の後?僕たちサッカー部はほぼ決まって一緒に帰る。ユキナさんも、友人と一緒にいることが多い。お互いにそんな状況じゃ電話はそう簡単に掛けられそうにない。ここはやっぱり家に帰ってからか。
「今日こそユキナさんに逢えるかな。」
「今日は中吉だったよ。逢えるかもしれないし、逢えないかもしれない。五十パーセントだね。」
「そんなもん確率の問題でいったら常に二分の一でしょ。ゼロかイチか。有か無か。雨が降るか降らないか。逢えるか逢えないか。降水確率は常に五十パーセントなんだよ。」
「ちょっと何言ってるかわかんない。いいから早く行くぞ。ブラバン部そろそろ出てくるぞ。」

 僕たちサッカー部が玄関に近づくと、ちょうどのタイミングでブラスバンド部が出てきた。
「うお、ほら見ろ!中吉さまさまだな。」
「ユキナさんいるじゃん、でもあれだけ人がいたら声は掛けられないな。」
「自分から声なんて掛けたことないじゃんツヨシ。もしユキナさんが一人でいたって無理でしょ。」
「そんなことないかもよ?確率は五十パーセント。声を掛けるか、掛けられるか、だ。」
「声を掛けるか、掛けないか、だろ?声を掛けられる確率はハナからゼロだろ。」
「ゼ、ゼロかイチだ!」
「じゃゼロだな。」

 ブラスバンド部の輪の中にいるユキナさんが僕に気付きほほえむ。僕もそれに応えるように笑顔を向ける。本当は手でも振りたいところだけど、仲間にバレるわけにはいかない。
「ブチさんほら、ユキナさんいたぞ。」
「あぁ、いつ見てもキレイだな。やっぱ好きだなー。」ただの好きではない。飼う気はないのにペットショップでハムスターを可愛がるような、あるいは美しい景色を家電量販店の大型テレビで見かけた時のような、淡白な『好き』ではない。異性として、一人の女性として、恋人としてちゃんと『好き』なんだ。

「そうだな。本当ステキだ。一日の疲れも、あのほほえみを見たらきれいさっぱり吹き飛ぶわ。」ユキナさんは、僕に一瞬ほほえんだあとすぐ、仲間と帰路に着いた。偶然その数メートルあとをつける格好となった僕たちは、追いつくでもない微妙な距離を保ちながらそれぞれの帰路に着いた。

 サッカー部の仲間と別れ家に着き、晩飯や風呂を済ませ自分の部屋で自分の時間を過ごす。いつもならマンガを手に取るところだが、今日はあの手紙、かわいらしい文字で電話番号と名前が書かれた手紙を左手に、自分のケータイを右手に持った。

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