『ひと夏っ恋』⑪/⑯

子供の頃から変わっていない毎年同じ屋台やお祭りのはずなのに、どこかおじさんや子供たちがすごくうれしそうな笑顔でいるように見えた。得意げに綿あめをどんどん大きく作っていくおじさん。その様子を興奮しながら眺めている姉弟。いつも道路で遊んでいるところを注意し、注意され喧嘩ばかりしている三人だったが、今日は同じ綿あめを見つめ同じ喜びを共有している。
いつもはきっと欲しいものを買ってもらえない男の子も、今日だけはきっとお面をおねだりしたら買ってもらえたのだろう。母親と繋ぐ手は固く握られ、反対の手で買ってもらったお面をしっかりと握りしめている。
ユキナさんと金魚すくいの屋台へ行くと、「良いとこみせてやれよ。」とおじさんはポイを一つおまけしてくれた。なかなかうまくすくえずにいると、横で一緒にしゃがんでいたユキナさんの顔に、金魚が跳ね上げた水が少しかかった。
「ごめん!」と自分のせいでもないのに咄嗟に謝ると、
「あはは!金魚にやられちゃった!」とユキナさんはうれしそうに返してくれた。僕も思わず笑ってしまった。結局金魚は一匹もすくえなかったが、ユキナさんは初めて金魚すくいに挑戦したらしく、何度もトライしては失敗し、悔しそうに、でも楽しそうにしていた。

辺りは陽も沈み暗くなり始め、区長とのじゃんけん大会も終盤に差し掛かり、最後のお菓子詰め合わせを何としても手に入れようと、勝ち残った子供三人が真剣な表情で区長の高く突き上げられた右手を注視していた。僕とユキナさんはその光景を少し離れたベンチから綿あめを食べながら眺めていた。
「あの子たちもみんな知ってる?」
「うん、あの白いシャツの子がコージ。おとなしいんだけどあいさつは元気なんだ。赤いシャツの子がマコト。あの子もあいさつは元気でサッカー好きなんだ。」
「あ、決まった!」
「コージもマコトも負けちゃったなー。優勝はショータだね。見た目の通り食いしん坊だよ。」
「みーんな知ってるのね。」
「こういうお祭りを手伝ったり区の行事はみんなでやってるからね。知らない子って逆にいないかも。」
「すごいね。田渕くん。田渕くんは子供好き?」
「うん、大好きだよ。みんな良い子だし、ダメなことはちゃんと言えばわかるし、この地区の子たちを見てると本当好き。」
「そう。」と一言だけ応え、一瞬の沈黙があった。
「ユキナさんは?子供好き?」と沈黙を埋めようと僕は言った。
「私も。うん。子供は好きだよ。」彼女はうつむいたまま、静かにそう答えるのみだった。口調は抑揚がなく、どこか無機質に聞こえた気がした。再び二人の間に沈黙が戻ってくる。
ショータは区長からお菓子の詰め合わせを受け取ると、母親の元へ掛けて行った。コージとマコトも悔しそうな顔を浮かべながら母親の元へ戻っていた。

これまで学校では見たことがないような楽しそうな表情で金魚すくいや綿あめを楽しんでいたユキナさんだったが、今僕の隣で浮かべている表情はこれも見たことがないような表情だった。
むしろ、こんな表情をユキナさんもするのか、と僕は思った。少しうつむいていながら、頬は上がっておらず目線は僕らが座っている数十センチ前方の地面に向けられている。でも口角は少し上向きで、何を考えているかが読み取れない。
子供たちの話題の後の一瞬の沈黙も気になったが、今はそれ以上の時間を沈黙が覆っているように感じる。彼女の感情を読もうと横顔を見つめ続けて何秒が経っただろう。顔のパーツは見てわかるが、それが意味していることが全くわからない。僕は初めて、彼女の気持ちについて考えてみようと試みたが、こんなに長く考えてもわかりそうにない。一秒ぱっと見てわからないことが、何秒も、何分も、何年も考えてみたところでわかるのだろうか。もしかしたら永遠にわからないかもしれない。

いや、こんな風にネガティブに考えてはダメだ。僕はユキナさんが好きだ。彼女も僕のことを好きだと言って付き合ってくれて・・・いる?好きだと言ってくれたことがあったか?思い返すと、彼女から僕を好きだと言ってくれた記憶がない。付き合ってくれている、むしろユキナさんから付き合ってほしいと言われて恋人同士になっている。

ヒュー・・・ドン!

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