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ふゆこは小学一年生。4月2日が誕生日なので、同級生の誰よりも早くちょっぴり大人に近づきます。
そんなふゆこには悩みがあります。最近お母さんと上手くいっていません。上手くいっていないということは、お母さんと仲が悪いということではないのですが、たまに喧嘩をしてしまいます。たまに喧嘩をしてしまうことが、今のふゆこの悩みです。
お父さんとは仲良しです。お父さんはお母さんとふゆこのためにお仕事を頑張ってくれています。ふゆこが寝ている朝早くにお家を出て、ふゆこが夜お風呂に入っている時間にお家に帰ってきます。お仕事が忙しい時は、3日くらい帰ってこないこともあります。帰ってこない時は寂しいけれど、お父さんは頑張ってくれているのでおうえんするようにしています。お父さんはふゆこと会うと、たくさんお話をきいてくれます。学校でみきちゃんとお洋服のお話をしたこと、先生のしょるいを運ぶお手伝いをしてほめられたこと、本当は2年生でやるはずのむずかしい国語のテストで100点をとってお友だちにすごいと言ってもらえたこと。お父さんはいつも笑顔で、うんうんとふゆこのお話をきいてくれます。お母さんもお話はきいてくれるしほめてくれるけれど、お話をきいた後にいつももっとお勉強頑張りなさいとか、もっとお手伝いをしなさいと言います。最近は、ふゆこのお話をきく前にふゆこが言われたくないことをたくさん言います。そんなこんなで、お母さんとはあまり上手くいっていません。それが最近のふゆこの悩みです。

今日も、学校から帰ってから、お母さんと喧嘩をしてしまいました。朝、学校に行く前に読んでいた絵本をつくえの上に開いたままにしていたからです。お母さんはつくえの上がきたないとふゆこをおこりました。それくらいいいでしょ、おへやはいつもキレイにしているんだから。ごめんなさい、と言えばいいのだけど、ふゆこもニンゲンなので、言いたくなってしまいます。ふゆこがそう言うと、お母さんはもっとおこります。お母さんはもっとおこると、今はおかたづけのお話をしているのにお勉強のお話とか、ならいごとのお話とかをたくさん言ってきます。学校のテストは全部100点取るのが当たり前なのにとか、華道の教室でふゆこよりゆうなちゃんの方が先生にたくさんほめられているとか、関係ないお話をたくさんするのです。そうすると、ふゆこはだんだん嫌な気持ちになっていって、泣いてしまいます。お母さんも、ふゆこが学校から帰ってくるとお友だちと楽しそうにお話して散らかしているくせに。
ききたくないので、いつもおへやにこもってしまいます。おへやでおふとんをかぶって、しくしくと、しずかに泣きます。

でも、ふゆこは今、とってもごきげんです。お父さんがいつもより早くお仕事から帰ってきて、いっしょにお風呂に入ったからです。今日もお父さんとお話をしました。お母さんに怒られちゃった。お母さんたら、すぐ怒るのよ。お母さんも散らかすのに、ふゆこにはおかたづけしなさいって、すぐ怒るのよ。お父さんは、うんうん、と聞いてくれて、ふゆこの頭をなでなでしてくれました。お母さんも悪いけれど、お父さんがお仕事でいないあいだお母さんも大変だから、ふゆこがお母さんを助けてあげてね、お母さんと仲良くおりこうさんにするんだよ、とお父さんは言いました。お父さんはいつもやさしいです。ふゆこ、お母さんに言いすぎてしまったかしら、仲良くしなきゃ、そう思いました。お母さんも大変なのに、お母さんのいないところでお父さんにお母さんの悪口を言ってしまいました。ふゆこ、悪い子かしら。でも、お父さんとのお話しするのはとっても楽しいです。二人だけのナイショのお話。

お風呂から上がったあと、久しぶりに家族三人でごはんを食べました。今日のご飯はあげだしのおとうふにアカウオのにつけでわしょくのごはんです。お父さんはわしょくが好きなので、みんなでごはんを食べる時は決まってわしょくなのがふゆこのお家の決まりごとでした。お父さんがいると、お母さんはとってもごきげんです。お母さん、いつもごきげんだったらいいのになあ、なんて思いながら、みんなで仲良くお話ししながらごはんを食べました。
ごはんを食べ終わったあとは、お母さんにごめんねと言いました。お母さんも大変なのに、ふゆこはもっとおりこうさんになるねって。お母さんはニコニコで、ふゆこちゃんいいのよ、いつもおりこうさんだからねって、ゆるしてくれました。お父さんは、ごめんねを言えてふゆこはえらいねとほめてくれました。ふゆこはとってもうれしい気持ちで、いつも通り九時にお休みしました。

ふゆこは学生なので、へいじつは学校に行きます。お父さんも大人なのでお仕事に行きます。今日も、ふゆこがおきた時にはお父さんはお仕事でおうちを出たあとでした。朝ごはんを食べて、歯みがきをしていた時でした。白いせんめん台のかがみを見ながら歯をみがいていると、ふゆこのすぐうしろ、ちょうどお父さんのむねのいちくらいでしょうか、ニンゲンの頭の大きさほどの目がういていました。思わず、きゃあ、と声をあげてしまいうしろをふり向くと、目はありません。もう一度、かがみを見ると、たしかに目はふゆこのうしろにういていました。なぜ目がういているのかしら、目はニンゲンの顔に二つずつ付いているものですから。ましてや床にころがっているならわかるもののうくことはゆうれいにしかできませんから、ありえないことなのです。ふゆこのお家にはゆうれいがいるの?ふゆこをどうするつもりかしら。食べるのかしら。どこかにつれて行ってしまうのかしら。一度、ゆうれいには会いたいと思っていましたから、ラッキーといえばラッキーなのですが、こんなにとつぜん出てこられると怖いものなのね。もう一度、ゆっくりふりかえってしました。やっぱり目はありません。かがみを見ると、たしかに、あります。この目のゆうれいはふゆこをうしろから見ているのだとそう気づきました。目のゆうれいから目をはなせずにいると、さっきのひめいが聞こえたのでしょうか、お母さんがせんめん台までようすを見に来ました。ふゆこちゃんどうしたの、なにかあったのと、お母さんがふゆこにたずねました。お母さん、目よ、目のゆうれいがふゆこを見ているの、そこよ、ちょうどお母さんの目の前にいるの。そう言うと、目のゆうれい?ふゆこちゃん、寝ぼけているの?寝ぼけてなんかいないのよ、ほら、お母さんの目の前、ふゆこの頭の上にういているじゃない。ふゆこちゃん、お母さんをおどろかせようとしているの?それとも、学校に行きたくないのかしら。どうやらお母さんには、目のゆうれいは見えないようでした。ゆうれいは見える人と見えない人がいるというお話を聞いたことがあったので、お母さんには見えないんだ。ううん、なんでもないのよ、ふゆこはこれから学校に行ってしまうから、少しさみしくなってしまったの。なんてごまかしてふゆこは歯みがきをおえてお家を出ました。

学校についても、誰も目のゆうれいのことを言ってはきませんでした。みきちゃんもなつきちゃんもいつも通りふゆことお話していましたから、気づいてかくしているようなそぶりもありません。お手洗いにしかかがみがないので、まだ目のゆうれいがふゆこの頭のうしろをういているのかは分かりませんが、なんとなく、まだそこにいるような気がしていました。
学校のお手洗いでかがみを見た時も、お家に帰ってからせんめんだいのかがみを見た時も、目のゆうれいはふゆこを見ていました。きょろきょろと周りを見わたすこともなく、ふゆことお話することもなく、ただただ、ふゆこを見ていました。

それから数日がたっても目のゆうれいはずっとふゆこを見ているようでした。ただふゆこを見ているだけなので、ふゆこも目のゆうれいがふゆこを見ていることになれ始めてきていました。

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