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突かれて向きが変わって

久しぶりに豆コーヒーを飲もうとドリップと濾紙をセットしておいたにもかかわらず、トイレに行っている間に忘れてしまい、インスタントコーヒーを淹れてしまった。

決して貧乏しているわけではなかったが、高校生の時分、学校で昼飯時にひもじい思いをしていたのは私だけではなかった。
弁当は教室で喰う者もいれば部室で喰う奴もいて、その日の気分で誰がどこで喰っているのかはっきりとは分からない。
他人が喰っている姿をひもじい思いをしながら見るのは耐えられないので人気のなさそうなところで時間をつぶすこともある。そんな時にたまたま廊下で行き会った同じクラスの奴と目が合い、お前もか。と言われた。二人とも所在なくその場で雑談に入るや否や、そうかお前もやられたのか。と言ってきたが「やられた」が、どういうことなのか解らない。
どうやら体育の授業中に誰かに弁当を喰われているらしい。
誰もいない教室に他のクラスの誰かが忍び込んでおかずだけを盗み食いをする奴がいるらしいという噂は聞いていたが、被害者本人にその話を聞いたのは初めてだったので興味深々である。
食われただけならまだしも、不味かったのだろうか、箸でつついて食わずに残してある。弁当の蓋を開けるとイワシだかアジだかの「腹の辺りを少しだけ穿(ほじ)くられて、頭の向きが違っとっただ。」と憤慨していた。
私もとりあえず一緒になって憤慨するふりをしたが「弁当箱の中の腹をほじくられた魚の頭の向きが違っている」光景を想像すると可笑しい。
誰がつついたか分からないものを食う気にはなれない。と言うものだった。結局そのまま食わずに我慢して今私に愚痴をこぼしているということだ。内心笑ってしまったが、やっぱり気の毒ではある。
私が彼と同じ目に遭ったらやっぱり憤慨するのは当然の話だが。誰が突いたか判からんとは言え、自分の弁当を食わずにいられるかと言うと、どうも私は誰かわからん奴につつかれたとしても食わずに我慢することはできなさそうな気がする。
とりあえず適当に相槌を打ちながら話を聞いていたが、実のところ私は朝の通学電車の中で弁当を喰ってしまうから昼にひもじい思いをしている。ということを話すのは気が引けたのでその件は黙っていた。


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