【#くろぐだの奇妙な冒険 ヒトシ外伝】Over The Times:The First Track #2
(これまでの「Over The Times:The First Track」は!)
「だから、何度言わせるんですか!犯人は二人組!両方とも眼鏡してないし俺と背格好近い方は長髪、背の低い方はスキンヘッド!それに」
(((岩上とkazariでこうやって駄弁るのも、これが最後かもしれない)))
(((もうちょっと実効性の高いアドバイスでも聞いておけばよかった)))
「マナーモード!早く!」
(((考えろ、考えろ、考えろマクガイバー)))
3 1月15日(日) PM3:50
どうする。どうする。考えろ、考えろ、考え
「そこの少年!」
斜め後ろのテーブルから声がした。小さいがよく通る声。場をわきまえたか、わきまえていないのか。
「そう、君だよ君」
和装の男が声をかけてきたのだ。
「この辺りでさっき不用心に物を落としてしまったようなんだが……」
「なんでまたこんな時に……って、あなた小説家の!?」
「しーっ!」
今度は俺が黙らされる番だった。
(そう、いかにも私が日向寺皐月だ。で、こういうものを見なかったかい?)
日向寺先生から見せられたのは矢のような物のスケッチ。鏃を中心に昆虫の様な彫り込みがある。
(探しものを手伝ってくれないかい?)
(いや何だってこんなときに……まぁ、できる範囲でやりますけど)
それとなくテーブルの下をまさぐる。テーブルの下からわずかに手を動かし、そのまま腰をかがめて通路側へ。そんなユニークな形状のものなら、そう遠からず……
(ッ痛ぇ!?)
探り当てた。探り当てたにはいいが、運悪く鏃の先端が人差し指をかすめたらしい。絆創膏の持ち合わせもない。
(っ痛た……これで、合ってます?)
(そうそう、これだ!本当に助かったよ、少年!)
あの日向寺皐月先生と直接話した。普段の俺ならkazariの天井まで飛び上がって頭を打ち失神すること必定だ。だが、
「何やってんだお前!?」
現実に引き戻された。時は日曜すでに夕方、数m先には巡回強盗が立っている。
「いやぁその、そこの方に頼まれて探しものを、っていない!?」
振り向いた先にいるはずの日向寺先生は忽然と姿を消していた。どうやって?
「そこに誰もいねぇだろうが!」
「さっきまで、いたん、ですけどね……ははは……」
後退りしながら、俺は巡回強盗を観察する。
ガタイは相当いい。耳の形状からして元柔道部か。正直包丁なんぞよりステゴロのほうが強そうだ。
こちらの得物はなし。完全に巡回強盗のレンジ。テーブルの上のフォークを取るには腕一本足りない距離感。
せめて、『腕もう一本分のリーチがあれば』……!
「オラァっ!?」
上ずった強盗の声。ありえないほど開けた視界。
巡回強盗の体が俺の頭上を『飛び越えた』。
マグロの一本釣りのような鮮やかな軌道。
そのまま俺の背後に強盗の巨躯が叩きつけられる。
「アベグッ!」
息はある。死んでない。いやそこじゃない。何がどうなってる?
強盗が「跳んだ」とき、俺の目の前で「何か」が動いた。半透明の、腕のようなものだ。
追い込まれておかしくなったか?いや、確かに「ある」。灰色とも銀色ともつかぬ『腕』が、俺の手前にある。宙に浮かぶ『腕』が……確かに一対「ある」。
「これ……何だよ?」
4 1月15日(日) PM4:02
俺自身も気が動転していたが、もうひとりの強盗への注意だけは欠かさなかった。というより、むこうもおそらくこちらへ最大限の警戒をしていたはずだ。
無理もない。泥棒仲間が突然ありえない状況で投げ飛ばされて失神すればそうなる。
拘束強盗と俺の距離、ざっと10m。遮蔽物およびお客様多数。一旦「人質を解放する」という動作が相手には必要な分、おそらく俺に一分の優位あり。
それに、この『腕』もある。今は俺の周囲を回転し警護するかのように浮いている。相手には、俺が合気道かなにかで仲間を投げ飛ばしたようにしか見えないはずだ。いや、そもそもこの『腕』は他者から見えているのか?
「動くなッ!このガキがどうなってもいいのか!?」
お定まりの常套句。ただし本気で「やる」かは半々。柔道部崩れの片割れが弱い、というのは予想として楽観的だ。慎重かつ大胆に、ちょっとブラフも混ぜて。
「追い込まれてるのはどっちだかな。ほら、そこの窓から見てる人がいるぜ?」芝居がかった動作で俺は左腕を大きく動かし、拘束強盗の注意をそちらに向ける。
拘束強盗が首を巡らせた隙に、俺は手近なテーブルからフォークを拝借し、そのままわざとらしく床を踏みしめて駆け出、せなかった。
「い……いやぁっ!」
店員の悲鳴が遅れて前から聞こえる。何が起きたのか理解するのに、そう時間はかからなかった。俺の予想を遥かに上回る早さで巡回強盗が復帰し、俺の脚を掴んで引き倒したのだ。なんたるシンプルかつ痛烈な妨害か。
「ッッ痛ぇ……!」
フォークは床にぶっ刺さり、一張羅の学生服はズボンの裾が裂け、額からは血が流れる。
勇気を出して強盗に立ち向かう若者の図としては、ちょっとかっこ悪い。傷だらけのヒーローと形容するには強弁がすぎる。こんな無様なヒーローがいるか。
その時であった。『宙に浮く腕』がわずかにパンプアップしたかと思うと、突然下腕部にヒレのような結晶質のブレードを生やし始めたのだ。
『腕』が、成長している。思ったよりワイルドな進化だ。
半ば寝そべった姿勢で、可能な範囲で周囲を見る。後ろには巡回強盗、前には拘束強盗と人質の店員。考えろ、考えろ。このちょっとワイルドな腕でできることを!
「さっきはなめたマネしてくれてたなぁ、ええ?おかげで兄貴の前で恥かいちまったじゃねぇか!」
巡回強盗が更に距離を詰めようと、俺の脚を掴んだままの腕を引っ張ってくる。
「うわっ!?」
俺はまた無様に引きずられる、わけにも行かなかった。
(((動け……俺の『腕』!)))
『見えない腕』は巡回強盗の右脇下と左足めがけてそれぞれ飛び、ブレードで男の着ぐるみと床を縫い付ける。更に手首から先で男の右腕付け根と股関節を無理矢理に抑え込んだ。
「立……てねぇ!?」
握ったままのフォークを頼りに、匍匐前進の要領で前進し拘束を脱した俺は、やっとのことで立ち上がった。ちょっと格好がついたか。
「世の中変なこともあるもんだよな、突然『立てなくなる』……なんてさ!」
半ばカラ元気で煽りながら悠々と巡回強盗から距離を取り、巡回強盗の拘束を右腕分だけ外してやる。
自由になった『もう片腕』を、今度は拘束強盗の方へ動かす。さり気なく拘束強盗の背後まで飛ばし、着ぐるみの襟を掴み……斜め後方に、引く!
「何っ!?」
「ひゃっ!?」
引っ張るのは一瞬で十分。左に回り込んで店員を引っ張り、強盗から引き剥がす。そのまま手近な椅子に座らせ、店員を追ってきた強盗の包丁にブレードを当てる。
拘束していた強盗は当然『見えないブレード』に気づけず、包丁を大きく跳ね上げられる。
「ぬぅっ!?」
間抜けな拘束強盗の叫びを尻目に、包丁は壁に突き刺さる。
「はぁっ、はぁっ、はっ……」
店員を座らせた椅子のすぐ側に、俺はへたり込んでしまった。
『腕』をこの速度とこの精度で、そして極力強盗たちも負傷させずに動かすのは相当に体力を使う。炎天下の野球応援に匹敵する、体力と気力の消耗が襲い来た。今にしてみれば、最初から相当無茶な運用である。
そこまで疲弊すればどうなるか、当時の俺は何も考えていなかった。
「はぁ、はっ……あとは警察呼んで、あんたら突き出せば終わ……り……?」
その時不思議なことが起こった。あまりにも自明ではあるが、当時の俺からしたら1つ目の『誤算』だった。
『見えない腕』が、消滅したのだ。『腕』を出すにも気力がいるなど、考えもしなかった。
「うっそでしょ……?」
『腕』が消えたらどうなるか。当然、拘束強盗は立ち上がり、こちらを追ってくる。
「待てやこのクソガキがァ!地獄見せたろか!」
「大人を虚仮にしたらどうなるか、いま教えてやる!」
不本意だが取る手は一つ。非常に悔しい判断だ。
「逃げるぞ!」
「は……はい!」
店員の手を取って俺は駆け出し、店を出た。そう、店を出てしまった。
無銭飲食の現行犯である。誘拐事件の方は誤認逮捕でも、こっちは言い逃れ出来そうもない。マスターになんと謝ったものか。
こうして、強盗の現行犯と無銭飲食の現行犯、それと巻き込まれた哀れな店員による白昼のチェイス、いや「狩り」が始まったのだった。
【続く】
次回予告
「あっちが頭に血が上り放しであってくれれば、なくはない、……かも」
(((よくこのぼんやりさでレジを打てたものだ)))
「そんな、あの、公衆の往来で……」
「申し訳ありませんでした……それと」
(((全身を駆けた電流が、指先から空中へ飛び出すようなイメージ)))
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