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いろいろあり いろいろ考える(5)(いろいろ辞めたなぁ‥)

 つい最近、日本のテレビ番組を観ていたら、著名な作家が言っていた。
「継続することが必要なんだよぉ。」
 そうなんだよねぇ。好きな事なら継続できる。良いんだよ、周りが何と言ったって。好きな事は、続ければいいし、飽きたら辞めれば良い。また、したくなったら、始めれば良い。なんでもあり。

 今までに、色んな事を諦めたり、辞めたりしてきた。限界が見えたり、疲れたり、単純に飽きてしまったり、やる気をなくしてしまったり。(更年期障害の始まりは やる気をなくした)【でも、良いじゃなかぁ。こういう時もある】と、けっこう能天気で、楽天的な私は、今までやり過ごしてきた。それが良かったのか悪かったのか、相変わらず能天気で、楽天的である。

 同じ問題で、何日も思い悩むのは、苦手だし、嫌いなのだろう。出来たら毎日、違う事で思い悩みたい。その方が、バラエティーに富んで、面白そう。
 若い頃から、眉間に皺を寄せて生きて行くのを嫌っていた。同じ80年、100年を生きるなら、楽しく笑って過ごしたい、と言ってきた。先輩に言われた、『人生、甘く見てるでしょ』…かもしれない。でも、あなたの人生ではないので、そんなに気にして頂かなくても結構。

 家族から、『買ってまで、苦労をする必要はない。眉間に皺が出来たら、女は見栄えが、悪くなる。』みたいに、言われてきた。(稀な考え方の家族)幸運なことに、苦労知らずで育ってしまって、挙句の果てに、思いの通りに生かして頂いている。ついでに自分の子供にも、苦労しなくていいならしない方が良い、と伝えてある。だからなのか、動物的感覚で、これはヤバいと感じると、シラーっとやり過ごす。逃げる。でも、右側寄りの眉間に、1本の皺がある。(あっ、これは激しく咳き込んだインフルエンザの時にできました)

 初めに諦めたこと、辞めたことは何だろう??陸上かなぁ…?足が速く生まれてきてしまったために、小学校高学年で、半強制的に100m走を始めた。成長時に過激な運動、練習をしたために、膝の故障が始まり、医者に掛かりながら、競技継続。
 中学入学時には、部活を選ぶどころか、あちらから先生込みで、勧誘。されるがままに陸上部へ。中学の部活は、小学校時とは、全く違う。走っていると、風のようになれるから好き、と思っていた小学生は、戸惑う。【走るのが好き】だけでは、走れない。走るからには、勝たねばならぬ。性に合っていない。そんなことを考えながらやっていたら、決勝で負ける。あろうことに、優勝した子が出した記録は、私の予選の記録と同じ。もうこれ以上できないと思い、諦めて、辞めてしまう。焦燥感はなかった。

 幼稚園の頃、オルガンを始め、小学校の頃ピアノに転じ、高校まで先生に就いて、習っていた。陸上をしていた時も、並行して、ずーーっとピアノを弾いていた。家での練習、2-3時間。今思えば、ストレス解消。集中してピアノに向かい、納得のいかない箇所を何度も、何時間も弾く。何も考えないで、ひたすら弾く。先生の所へ行く時、陸上の練習のせいで、指が震えたりする時もあった。ピアノの先生は、運動をやってほしくなかったのだと思う。言われなくても、肌で感じた。高校2年になった時、『音大考えているなら、最低4時間は弾いてほしい。』と言われ、あっさり辞めた。
 根性なしである。楽しい事が好きである。物心ついた時から、好きな事しかしてこなかった。その1時間が義務になってしまうと、辛い。だったら、その1時間、友達と喫茶店で、食っちゃべりたい。(もちろん1時間では足りないのだが)
 いまだにピアノは弾いている。日本でずっと使っていたピアノを送ってもらい、家に一人でいる時、思う存分、好きなように、弾きたい曲を弾いている。ただ、納得できない箇所は、何度も何度も、何時間も掛けて。楽しい。

 ほかにも、何度も方向修正したり、諦めたり、辞めたり、飽きた事はあったけど、今更すべてを振り返っても、何も変える事は出来そうもない。【だから、これで良いんじゃないかなぁ】いつも淡々と、粛々と生きていけたら。もうこれ以上、眉間に皺が増えないように。出来たら、笑い皺が増えるぐらいで。

 スポーツの枠、芸術の枠に入る事をしている人が、辞めますとか、休止するとか言う時の気持ちが、少しだけ分かる。自分で自分を見極めるまで、この種の人達は、辞められない、止まらない。(かっぱえびせんか!?)どんな理由にせよ、止まって、辞めてしまう人へ…
ただただ、お疲れさまでした!

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