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『私と彼の痛みと言い訳』エピソード1

大学を出て国家試験に受かり、生まれ育った土地から出て就職した私は大学生の時から付き合っていた彼氏とは遠距離になってしまった。
でも私は別にそれでも良かった。
確かに好きだったとは思う。
だって、好きだったから付き合ったんだから。
でも、愛されていたとはあまり思えなかった。
小さなモヤモヤを抱えたまま、私は遠距離恋愛を選んだ。
彼もそのことについて何も言わなかった。
そんな恋愛はやはり上手くいくはずもなく、私の遠距離恋愛は呆気なく終わってしまった。
もう恋愛なんてしない仕事を頑張るんだと誓った頃、私は彼と出会った。
遠距離恋愛が終わった23歳の春だった。

職場の会議で新しく中途採用される人の話は聞いていた。
私は自分のことを人見知りだと思っている。
だからその話が出た時も、話しやすい人だといいなくらいにしか思っていなかった。
彼が入社してからも部署が違ったのですぐに会うことはなかった。
数日して初めて彼を見かけた。
私は人見知りだ。
挨拶しなきゃと思ったのになかなか足が動かなかった。
「はじめまして、よろしくお願いします」
彼の方から挨拶をしてくれた。
第一印象はしっかりした大人な人だと思った。
自分の部署に戻った私は先輩に「新しく来た人と会いましたよ」と伝えた。
先輩は「歳が近いから話し合うんじゃない?確か22歳って言ってたと思うけど」と言った。
絶対に歳上だと思って少し緊張した数分前の自分が少し恥ずかしくなった。
23歳の冬、私は22歳の彼と出会った。

それからは特に何もなく、会えば挨拶をするくらいの関係だった。
遠距離恋愛のことも思い出さないくらい私は仕事に一生懸命だった。
お正月に地元に帰った時、久しぶりに会う友達はみんな少しずつ大人になっていて私も同じように成長できているのか少しだけ不安にはなった。
みんなの恋話になかなか入れなくても気にならなかった。
「最近、いい出会いないの?」と聞かれても「もう暫くは恋愛しなくていいよ私は」と笑って返すことができた。
心地良かった地元を離れて私はまた仕事に打ち込んだ。
でも、その仕事もなかなか上手くはいかなかった。
小さなミスは減らないし、上司から叱られることも少なくなかった。
新しい土地で生き始めたばかりの私には息抜きをする時間や場所がなかった。
周りに親しい友達がいるわけでもなく、趣味も多くない私には仕事とアパートの往復しかなかった。
世界から取り残された感覚があった私は勝手に落ち込んでしまっていた。

季節は夏になった。
相変わらず私は生きなれない街で仕事に生きていた。
部署の先輩が心配してくれて、何人か男性を紹介してくれた。
本当は行きたくはなかったけど、先輩にはお世話になっていたし何回か食事には行ってみた。
でもやっぱり気は使うし正直楽しいとは思えなかった。
先輩には「良い人だったんですが少し歳が離れてて、私があまり上手に喋れなかったです」と伝えた。
夏の暑さも本格的になった頃、職場のバーベキューがあった。
そこには彼も参加していた。
普段から挨拶くらいしかしていなかったけど、少しだけ彼と話してみたいと思う自分もいた。
でも、人見知りの自分からはどうしても話に行くことが出来なかった。
彼は仕事が残っているらしく、少しすると姿が見えなくなっていた。
あぁ、帰っちゃったのかなぁと思いながら会話の輪にもあまり入れずに隅の方でひとり過ごしていた。
空腹状態からアルコールを摂取したせいで私は体の調子が悪くなってしまい、暫くトイレから出れなくなってしまった。
少し朦朧としながらトイレから出るとそこに彼がタオルとうちわを持って座っていた。
「大丈夫ですか?」
彼は立ち上がって確かに私に向かってそう言った。
「どうしたんですか?」と少しうろたえながら言った私に彼は「体調悪くなったって聞いて心配で」と少し俯きながら言った。
彼は私を支えながら横になれる場所に連れて行ってくれた。
「水と氷取ってきます」
そう言って彼はまた走ってどこかに行ってしまった。
私は申し訳なくて、彼がくれたタオルで顔を覆いながら頷くことしか出来なかった。
少しして戻ってきてくれた彼は私の体調が良くなるまで側にいてくれて、ずっとうちわで扇いでくれていた。
「ごめんなさい」と言った私に「全然気にしないで下さい」と彼は笑ってくれた。
「いつもはこんなのじゃないんです」と言った私に「分かってます。良くなるまでここにいるので、話さないでもう少し休んでいいですよ」と彼は言ってくれた。
沈黙を嫌った私の心が彼にバレた気がした。
暫くして先輩が来てくれた。
先輩は「あとは私がするから、ありがとね」と彼に伝え、彼も「お願いします」と頭を下げて行ってしまった。
先輩は「すみません」と伝えた私に「彼、仕事中に抜けて来たんだって」と教えてくれた。

暫く休んで体調が戻った私を先輩は車で送ってくれた。
車の中で先輩は「あの子のことどう思う?」と私に聞いた。
「優しい人ですね」
ありきたりな言葉だったけど、素直に私は彼のことをそう思った。
「今日初めてちゃんと喋ろうって思ったんです。でも初めてがあんな感じになるなんて最悪です」と少し泣きそうになりながら言った私に先輩は「…そっか、残念やったね」と真っ直ぐ前を向いたまま返した。

バーベキューの件があってから暫く彼には会わなかった。
別に避けていたわけじゃない。
ただ会うタイミングがなかっただけだった。
一言お礼が言いたい、という気持ちは日々大きくなっていった。
ある日先輩から「そういえば、あの子にお礼言った?」と聞かれた。
「まだです」と言えず黙っている私に先輩は「言ってきなさい」と静かに背中を押してくれた。
昼休み、私は彼の部署まで会いに行った。
彼はすぐに私に気づいてくれた。
「体調大丈夫ですか?」
いつも挨拶を交わす時のあの笑顔で彼は話しかけてくれた。
「大丈夫です、本当にありがとうございました」と頭を下げた私に彼は「良かった」とまた笑った。
「あの、今お時間大丈夫ですか?」と少し真剣な表情になった彼に私は少し動揺した。
人通りの少ない廊下まで移動したあと、彼は私にこう言った。

「もう聞かれてると思うんですけど、僕あなたのことが好きなんです」
「連絡先交換してもらえませんか?」

何が起こったのか全く分からず、私はその衝撃を頭の中で整理することに必死だった。

読んで頂きありがとうございます。
エピソード1ということは2に続きます。
2があるということは3があるのかもしれません。
noteに作品を出し始めて20作を超えました。
まだやったことのないことは何だろうと思い考えた結果、女性目線の作品を書きたいと思いました。
いつも目線は“僕”だったと思います。
それが“私”に変わったらどうなるのか、少し自分でも楽しみではあります。
この『私と彼の痛みと言い訳』シリーズがどこまで続くのか楽しみにして頂けると嬉しいです。

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