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【孤島、夜の森:アカネ】

       
「イヤーッ!」
     
 (((ああ、私はきっと、死ぬんだ)))アカネは胸に突き立ったナイフを見た。地に伏し腕から血を流すエレナが、涙で汚れた顔を歪めて叫んでいる。あの太陽めいて陽気なクラスメイトが悲痛に泣き叫ぶ姿。アカネにはフィルター越しの映像めいて現実感が乏しかった。これが今際の際のソーマト・リコール現象だろうか。メイドは投擲を終えた姿勢で停止している。そのエプロンは返り血に塗れて赤く汚れていた。その足元には。カオリの。
     
 嫌だ。こんなの嫌だ。
       
 アカネは再び見下ろした。ナイフは刺さっていなかった。切っ先を制服の生地に食い込ませ、凍りついたかのように停まっている。アカネは訝しんだ。ミーンミンミンミンミン。セミの鳴き声が。ミーンミンミンミンミン。ミーンミンミンミンミン。ミーン010ミンミンミン。ミ010-ンミ01001001ミンミ010101001010010101
         
           
0101010100101001ミーンミンミンミンミン。アカネはいつかの夏の日、馴染みの駄菓子屋の前に立っていた。眩しい日差しに目を眇める。古ぼけた店。ベンチでは赤い猫が毛繕いをしている。「ナーオ」猫は顔を撫でながら鳴いた。まだ引き返せるらしい。だが、やらねばならないことがあった。アカネはベンチに歩み寄り、猫の頭に手を乗せ、顎を撫でた。「ナーオ」気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす猫が、超常的に輝く緑の目を細め、軒下から不自然に伸びた少女の影が険しく沸き立っ01010101010101010101
      
      
「イヤーッ!」
           
 アカネはシャウトし、今まさに突き刺さらんとした凶刃をキャッチした! その目に宿る朱色の輝き! 傍で見守るエレナには、メイドが投げつけたナイフをアカネが素手で掴んだように見えた。然り。アカネはニンジャ筋力で投げつけられたナイフを、ニンジャ器用さによって受け止めたのだ。アカネは決断的にナイフを逆手に構えた。制服のネクタイが真紅のリボンに変わると、拳と手のひらを合わせてアイサツした。
           
「ドーモ、アプレントキャットです」
「ドーモ、アプレントキャット=サン。ルーントリガーです」
                
 メイドは反射的にアイサツし、目を見開いた。ニンジャにとってアイサツは絶対の礼儀。古事記にもそうある。即ち、この少女は。
アカネは……アプレントキャットは、オジギ姿勢からコンマ1秒でルーントリガーの懐に飛び込んだ。メイドは背から抜いたナイフで首を狩りとりにいく。「イヤーッ!」「イヤーッ!」刃がかち合い火花が散る! 「イヤーッ!」アカネは左手を猫めいて曲げ、逆手に握り込んだナイフでメイドの突きを捌いた。アイカネ・ニンジャがもたらしたネコ・ケンの変型、ネコノツメ。優れたニンジャ動体視力が、ルーントリガーの繰り出す攻撃を封殺する!
                  
「イヤーッ!」「ンアーッ!」突き出されたナイフを絡めとり抑えるマネキネコ・ケンからのネコ・ツキ! メイドの胸に直撃! ルーントリガーはタタミ2枚分吹き飛び、素早くメイド服を翻して体勢復帰! 「……」その拍子にメイドの左目を覆う眼帯が外れ、床に落ちた。エレナは息を飲んだ。本来眼球があるはずの場所には空洞が開き、その中では白い炎が燻っていた。「……早くしないと、夕食の時間が終わってしまうじゃないですか」空虚そのものの呟きを漏らし、ルーントリガーは構えた。アプレントキャットの背に庇われ、エレナは見た。アカネの腰の辺りに2つの火球が揺蕩い、主を守るように旋回している。NRSの朦朧とした意識の中、エレナはアカネの名を呼ぼうとして、意識を失った。その体が床に倒れた瞬間、2人のニンジャは同時に地を蹴った。
         
      

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