「日本版MMT」と「MMT」との間の断絶 その2

池戸万作による「新リフレ派」宣言?なるものがなされたようだ.

池戸万作を頂点とする?新リフレ派のお題目は, このツイートを見る限り, インフレ率2%目標を目指す, というものらしい. (目標を目指すという日本語を聞いて違和感を感じないようならば, あるいは目標を目指すという日本語を自然に発話できてしまうのならば, それはあなたの日本語能力に不足があるというものです. 少なくとも池戸万作はこの一点でも, 評論家を名乗る資格はないというものですな★)

1 藤井聡に頼る池戸万作

このツイートを見てほしい.

評論家を自称するならば, 藤井聡という権威?に対しても果敢に挑戦することが求められるというものなのに, 池戸万作という評論家は, 藤井聡に頼るのである.

そしてこのツイートである.

なんということだろうか. 藤井聡本人が書いた文章(「日本にとって, 「適正なインフレ」を目指すMMTは, 「救世主」とすら言いうるものなのだ」(藤井聡『MMTによる令和「新」経済論』晶文社, 7ページ))を, そのまま帯の文章に載せているというのに, そんなことにも気づいていないのが池戸万作なのである. 彼は藤井聡のMMT本さえろくに読んでいないのだと予想されるわけだ.

これも無責任な態度である. 藤井聡本人に聞くことができる立場ならば聞いてみれば良いのである. やたらと伝聞が多い評論家である池戸万作に, 見事評論対象として選ばれてしまうと, どうやら悲しいことになるようだ★

2 藤井聡の「物価」に対する理解が雑すぎる

藤井聡は物価を次のように理解しているようだ.

「そもそも, 物価は循環するオカネの量(貨幣循環量)が増えれば上昇し, 減れば下落する(数理表現については, 付録2を参照されたい). だから, インフレを抑制するインフレ対策のためには, 循環する貨幣量を抑制しようとするし, 一方で, デフレからの脱却を図るデフレ対策のためには, 貨幣循環量を拡大しようとするのである. つまり, それぞれの「インフレ率」調整策は, 「貨幣循環量」調整策と言い換えることもできるのである」(同上, 102ページ)

一目見て愕然としたのは私だけではないだろう. つまりあまりにもマクロ的にすぎるのだ. 貨幣数量説という考え方に毒されているのが藤井聡(並びにそこに取り憑いている池戸万作)なのだ. こんな単純な頭では, 藤井聡の言説が池戸万作のベーシックインカムという愚策に繋がるのも無理はないだろう. というよりも, 池戸万作は, 藤井聡のアホを利用して, 自らの言説を補強している気になっているだけなのだ.

ちなみにMMTにおけるインフレの理解の一つは以下の通りである.

「全ての支出(民間だろうが政府だろうが)は, もしその支出が, それを吸収できる経済の実物的キャパシティを超えるような名目総需要を喚起するならば, インフレ圧力となる. 政府支出が増えたからといって, もしも生産的な使用に戻すことができるような, 使用されていない実物資源(例えば, 失業)があるならば, その支出はインフレ圧力をもたらさない」(Mitchell, Wray and Watts "Macroeconomics", Red Globe Press, 127ページ, 邦訳は引用者による)

つまり, 貨幣の数量だけでインフレになるだとかデフレになるだとか, そんな雑な理解をMMTはしていないのである. そもそもMMTを語るときに, 実物資源制約, ということを全然意識しないものがあったら, それはMMTを悪用したデマゴーグだと思って間違いない.

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