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初めて考えること。

物事を、ちゃんと、きちんと、
考えるってむつかしい。

とくに、その物事がさ、
じぶん自身のなかの
「初めて考えること」だったとすれば、
ちゃんと、きちんと、考えるのは、
もう不可能に近いとも思える。

たとえば、初めて考えて、
でも、よくわからなくて、
また考えてみようとして、
でも、まだよくわからなくて、
またまた考えようとしたら、ちょっと、
うっすらわかりそうになったとしても、
でも、まだよくわからない。

そんなこんなの、
考えてもよくわからないことばかりだ。

じぶんが、ある物事を
初めて考え出してから、
どのくらい、考えたら、
そのことがわかるんだろう。

って考えていたら、ぎゃくにね、
「初めて考える」って、
なんだか不思議だよなあ、とも思えてきて。
つまりはさ、
これまで考えたこともなかったことを、
どうして、あるときになって、
考え始めるようになったんだろう? とか、
どういうふうな経緯があって、じぶんは、
その「初めて考える」に至ったんだろう?
みたいな?????

なんだか、なんとなく、
「初めて考える」ことって、
じぶん自身の土壌のなかに、
なにかを初めて植える「種まき」のようだ。

その種が、
紆余曲折を経ながら、実を結び、
その実から種がうまれて、
また、種まきができてゆくように。
みたいなことがさ、
「考える」という行為なのやもしれない。

この「初めて考える」の
さいしょの種は、
どこからか吹く風にのりながら、
ぼくのところへやってくるんだろうか。

令和3年8月23日


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