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あとになってから見えてくること。

きのうのブログでは、学校の勉強について、
学校の勉強をするためには
「理由」が必要なのか、もしくは、誰かからの
「説得」が必要なのか、ってえのは、
よくわからない、と、しるしたけれども。

そんなような、
「理由」や「説得」があろうがなかろうが、
学校の勉強をする人はするだろうし、また、
学校の勉強をしない人はしないだろう、
とも思うですが。けっきょくは、学校の勉強って
最終的には本人のことなんだから、
本人が、それでいい、と考えるならば、
学校の勉強をするもしないも、
しょうがないのかなあ、とも思う。

つまりはさ、たとえば、
おとなになってから、こどものときに
「もっと勉強しておけばよかった。」って、
言わないんならば、べつに、学校の勉強を
しなくてもよいんじゃあないか、
って思ったりもする。

「もっと勉強しておけばよかった。」
って言うことは、反則だから。
おとなになってから、そう言いそうだったら
今、勉強したほうがよい、とも思うのよね。

学校の勉強について考えるときに思い出すのはさ、
スティーブ・ジョブズさんのね、
スタンフォード大学の卒業式でのスピーチなのでして。
このスピーチでは、
大学へ入学したころのジョブズさんは、このまま
大学で通ってもやりたいことは見つからないだろう、
と思い、退学を決めた。でも、退学を決めたことによって
興味ない授業は受ける必要がなくなり、逆に、
おもしろそうな授業にもぐりこもうと思われた。
その中では、文字を美しく記す術を学ぶ
「カリグラフィー」の講義を受けた。
この当時は、この勉強が、いずれ
何かの役に立つなんて思わなかったけれど、
この講義で学んだことが、のちの最初の
マッキントッシュのコンピュータを作ったときに、
この知識がよみがえってきて、美しいフォントを
コンピュータへと実装することができた、とのことでして。

このことを、ジョブズさんは
「点と点をつなげる」とおっしゃっているですが。
つまりはさ、この
「点と点をつなげる」とは、はじめから
じぶんで考えてつなげられるものではなくって、
あとになってから、はじめて
「あのときの点」は、
「このときの点」とつながるのか!
ということが、わかる、つまり、
未来の将来にならないと、
なにとなにがどうつながるのか、わからない、
ということを言われていると思うのよね。

そう考えてみれば、たとえば、
学校で勉強をしたことが、
すべて、将来の役に立つ、
なんてことは言えないとしても、
もしかしたら、なにかは、いつか、
じぶんの予期しなかったことで、
役に立つやもしらない。

つまり、勉強をすればするだけ、
そういうような可能性も、
増えてゆくやもしらない。

そしてまた、ぼくは今、
41歳のおじさんの年齢ではあるけれども、
この今であってもね、
今、勉強をしたことが、いつかの将来、
なにかの役に立つやもしらない、
と思うことができるやもしれないし。
なおかつ、勉強だけでなくって、
今、したことが、いつかの未来、
なにかの実を結ぶやもしらない。
それってば、つまり、
未来と将来の希望だとも言えるかなあ???

学校の勉強をすることについて、
今はその理由がわからなくても、
いつかのあとになってから、
理由が見えてくる。

そう思えたら、よいなあ!
って思うのよね〜。

令和5年5月27日


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