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奸佞邪智と潺々とまっぱだか。

以前、塾講師のアルバイト中にね、
中学生の生徒さんから
「この漢字、なんて読むの?」と訊かれて、
学校の問題集に載っていた
生徒の指さすその漢字を見てみると、、
【奸佞邪智】
とあって、ぼくはさ、
申しわけないんですが読めなかった。

何の文章に載ってたの? と訊ねると、
教科書の『走れメロス』だけど、
いま、教科書は持ってないんだよねえ。
とのことでして。つまりは、
教科書ならば、送り仮名がついているけど、
この問題集にはついていない。と。
それでね、ぼくも読めないから、
塾のタブレットでネットで検索してみると、
【かんねいじゃち】
と読むことがわかった。

【奸佞邪智】が使われる場面での
『走れメロス』のストーリーとしては、
メロスに指令する王様のことを
「心がねじ曲がって悪知恵がはたらく」
という意味で、この語句が使われていて。

 私は、今宵、殺される。殺されるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破るために走るのだ。走らなければならぬ。
(太宰治『走れメロス』より。)

なるほどぉ、
むつかしい漢字だなー。
と思ったんですが。

そう言われてみれば、ぼくは、
【メロスは激怒した。】
ということばより始まる
『走れメロス』のあらすじはさ、
だいたい、知っているとしても、
教科書のテキストになっていながらも、
文章をちゃんと読んだことはなかった。
ぼくがさ、中学生のときには、
教科書で載ってたんだっけ?!
とも思いながら、このたび、あらためて、
太宰治の『走れメロス』を読んでみたのよね。

読んでみますと、
【奸佞邪智】以外にも、
同じような意味での【邪智暴虐】や、また、
【反駁】【嗄れた】【繋舟】【憐愍】
【截ち割って】【潺々】【歔欷の声】などなど、
いろいろ、むつかしい漢字が記されていて。

これらの中でもね、とくには
【潺々(せんせん)】という語句は、
「水が流れる音や様子」の意味らしいですが。
走って、走って、疲れ果てて、
まどろんでしまったメロスの耳元で、
ふと、川の水の流れる音が聞こえてきて。
その水を飲むことで回復して、
またメロスは走り出す。というような、
復活の象徴のように描かれているので、
なんだか、すきなのよね。

 ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞こえた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上がって、見ると、岩の烈目から滾々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬って、一口飲んだ。ほうと長い溜め息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。
(太宰治『走れメロス』より。)

そうして、ふたたびメロスは走り出して、
無事友人のセリヌンティウスの元へ到着。
メロスの【私を殴れ】、および、
セリヌンティウスの【私を殴れ】、
の場面からの、大円団。。。

で、終わりかと思いきや、
最後の最後の場面で、
ぼくは、驚愕した。

 ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。よき友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく悔しいのだ。」
 勇者は、ひどく赤面した。
(太宰治『走れメロス』より。)

いつごろからだったかくわしくはわからないけど、
メロスは走っているあいだで、
まっぱだかになっていて。とちゅう、
【メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。】
という説明もあったですが。
この「まっぱだか」ってゆうのはさ、
もしかしたら、ほんとうの意味での、
完全なるまっぱだか?!

もしもそうだとすれば、
【私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。】
と言って友人の元へたどりついたときも、
完全なるまっぱだかで。そうなれば、
その後の大円団のシーンでも、ずっと、
完全なるまっぱだかだった。

こうなってくると、
すこし話しが変わってきてしまう。

友人の大切さを学ぶ、という
お話しだと思っていたのが、
じつは、メロスは、
まっぱだかだった。
というオチだった。
ってえのはさ、どことなく、
ちょっとまぬけのような気もするし。
なんだか、落語のようだ。

物語が【メロスは激怒した。】から始まり、
【勇者は、ひどく赤面した。】で終わるのは、
なんだか、すてきだなあ。
【激怒】も、ある意味では
「顔が赤くなる」ことでもあるから。
でも、そのことばが、
物語を経験したことによって
【赤面】という別の意味合いへと変化した。
と解釈できるやもしれないな。

こんかい、あらためて
『走れメロス』を読みながら、
こんなことを思いました〜。

令和3年3月7日


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