二度、変身する。
昆虫がさ、
「幼虫」から「成虫」へと成る、
ってゆうのは、もう、なんとゆうか、
あまりにも不思議だ。
ぼくは生物の知識はまったく持っていないので、
詳しいこともなんにも言えないけれど。
「幼虫」と「成虫」では、
たとえば、見た目的には
まったくちがう生物へと変身する、
とも言えるような気がするし。
人間だっても、年齢等によって
変化することはあれども、それでも、
「幼虫」と「成虫」のちがいほどではない、
とは思えるから、生物として、
そんなことが起きるなんてえのは、すごい。
たとえば、人がさ、
「変わらないといけないのに、
変わることができない」
ってゆうように考えてしまうときには、
昆虫における
「幼虫」から「成虫」へと変身する、
のことをイメージするとよいのかもしれない。
ともすれば、つまりはさ、
ここで重要になってくるのは
「蛹」よね。
人間だっても「変わる」ときには、
シームレスのごとく、いきなり
なんの前触れもなしに、
すっと変わるんでなくって、たとえば、
「変わる前」と「変わった後」とでは、
「蛹」のごとく、なにかしら
継ぎ目のような場面があるはずで。
そこをすっ飛ばしてしまえば、
変わろうにも、変われない。
ってゆうようなこともあると思えるのよね。
比喩的に言えば、
「変わる」ということは、
一度、蛹に変身して、そして、
蛹から脱皮をすることによって、
変わる前の状態から次の状態へと、
変身することができる、みたいな?!
つまり、変わるときには、
「変わる前→蛹」と
「蛹→変わった後」という、
二度、変身する。
さらにたとえるならば、
トンネルの入り口から出口まで歩く、
とか、もしくは、
境界線へ入り、
境界線の中を歩き、
境界線から出る、
とか、そういうような、
二つの境目をくぐり抜ける、というプロセスが、
「変化する」ということなのやもしんない。
このことを記しながら、でも、
これらのことが、
具体的にはどういうことなのか?
ってえのはぼくにはわかっていないけれども。
たとえば、
「寝る子は育つ」とも言うけど、
眠る、ということも、
そういうことのひとつと言えるかなあ。
とか、なんだか、そんなことをね、
想像してみたっす。
そこからさらに、
「ネオテニー(幼形成熟)」
のことまで考えようとすると、さらにまた、
よくわかっていないですが。
昆虫がさ、
幼虫から蛹へ、そして、
蛹から成虫へと成るときって、
どんな気分となって、そのとき、彼らは
どんな夢を見るんだろうか???
令和4年7月30日