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「いとおかし」のことを思い出しながら。

きのうおとといのブログの中でね、
「お菓子」について考えていたら、
これはダジャレで申し訳ないのですが、古文の
【いとおかし(いとをかし)】
のことを思い出していたんだった。

古文についてぜんぜん詳しくないぼくでも、
【いとおかし】とは
「とても趣きがある」のような意味がある、
ということは知っている。つまり、
【おかし】とは、現代の日本語では
「おかしい」とか「変」とか、言うなれば
よくない意味なのだとしても、
当時の平安時代においては
「趣きがある」「可愛らしい」「綺麗」
「面白い」「興味深い」「素晴らしい」
というような、つまりは
よい意味のような語句として使われていた。

でも、たとえば、現代における
「おかしい」ってえのはさ、
「可笑しい」つまり、面白くって
笑ってしまうような場合にでも使われるから、
古文の【おかし】とも、
似通っているところもあるやもしれぬ。

そして、この
【おかし】の前につく【いと】とは、
「とても」や「非常に」など、また、
否定文のときは「それほど〜ない」というような、
形容詞の前につく副詞の語句とされる。
今では、とくに使われない。
でも、なんだか、
【いと】と言えば「とても」、
というような雰囲気を想われるのは、
古文として学校で習ったからなのか、
それとも、日本語の中に含まれる
DNAみたいなものを感じるからなのか。

【おかし】のごとく、
その意味が時代を経て
変化したかのような古文の語句と言えば、
【もののあはれ】とも言われる
【あわれ】だと思われる。

たとえば、現代の「あわれ」とは、
「哀れむ」とも言うかのごとく
「かわいそう」とか、「気の毒」とか、「みじめ」とか、
そのような意味として使われるとも思うけれども。
古文での【あわれ】では、
「深くしみじみと心をひかれる感じ(広辞苑第七版)」
というような、つまりは
「情緒」を示す語句なのだとは思うけれども、
ぼくとしてはさ、そのような感覚のことをね、
うまく言えないんだなあ。
でも、なんだか、
【もののあはれ】と聴けば、
「日本の心」みたいなのを感じる気がするんだなあ。

そんなことをね、
昨日、お菓子を食べながら、
ふと、いや、
いと、思ったりしていたの。

その外では、雁が
列を連ねながら飛ぶのが、
小さく見えた気がして、そして、
いと霜の白きも、いと寒きに、いとつきづきし〜。

令和5年1月29日


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