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ぼくの中のあかり。

真の闇というのは、
これまで経験したことがない。

たとえば、深夜でも、
カーテンのすきまからは、
町や家や月のあかりが漏れてくるし。
照明のスイッチをつければ、
部屋はすぐにもあかるくなるし。
枕元のスマホを手に取るだけで、
あたりは光でつつまれる。
照明を消して、一瞬は暗くなったとしても、
すこし時間が経てばその暗さに目が慣れて、
ぼんやり、まわりが見えてくる。

ぼくには、そのくらいの
暗さの闇しか経験がない。

真の闇とは、
どんな闇なんだろうか? そして、
真の闇のときに見えるあかりとは、
どんなものなんだろうか?

たとえば、向こうのほうから、
ぽっとあかりが見えて、そのあかりが
こっちにすこしずつ近づいてきたら、
そのあかりとは、じぶんにとっての、
救いのあかりなのか。それとも、
じぶんを襲う者が手に携えているあかりなのか。
その、あかりを見るだけでは、
どちらなのか判断つかないやもしれないな。

ぼくには経験がないけれども、
たとえば、よく言われるような、
真夜中の航海中に、ほのかに
あかりが見えてきたとしたら、
そのあかりとは、
陸の都市のあかりなのか、それとも、
戦場の戦火のあかりなのか。

そんなふうに想像してみると、
あかりって、なんだろう?!
ってゆうのも思えてくる。

外から見えてくるあかりのことが、
信じられなかったとすれば、
ぼくは、ぼくの手で、
ぼくの中のあかりを燃やしたい。
ぼくの心を、魂を、内側を、
じぶんが吸った酸素によって、
ぼくの体の内燃機関によって、
生命エネルギーへと変えられたい。

もっと、高く、もっと、強く、行け。

令和3年9月27日