表紙16

其の三十四 芸術言語論の中へ

《吉本隆明さんの講演『芸術言語論 −沈黙から芸術まで』(2008年7月19日@昭和女子大学人見記念講堂)を、ぼくが毎回ほんのちょっとずつ聞いてゆきながら、あらためてどんなおはなしだったのかを思いかえしてまいります。》

こんにちはー。

前回noteでは、「あらゆる人間の表出は、自分も同時に変化し、そしてまた自然をも変化させてるんだよ。っていう、そういう自然との相互関係は必ずつきまとうわけです。この相互関係を除いて物事を考えることは、たぶん相当、狂いを生じるだろう。と僕は考えますから、そこを特に強調しておきたいと思います。」と吉本さんおっしゃったばめんでした。

このつづきを。。。

さて、そこから。あの、僕の芸術言語論というものの中に入っていくわけです。(チャプター07 / 精神と表現の型_0:00〜)

ここから、いよいよ『芸術言語論』のなかへ。

の、これを踏まえてうえの画像は講演パンフレット掲載の「構成表」にしましたっす。

そして、、

で、第一に。第一に僕が考えてることは。あの、なんて言いますか…、(すこし物音がしてから「ピッ!」という時計の音(かな?)が鳴り、) あれ? …もう三十分経っちゃった(笑)。

30分がたった。。。

考えたことは、考えたいことは、要するに。人間の精神活動と、

「人間の精神活動」と、

それから言語と、

「言語」と、

それから、何と言いますか。言語の極限と言いますか。言語の極限っていうその3つを、あの、

「言語の極限」というみっつを、

ひとつなぎとして考えたい、ってことがあるんです。

ひとつなぎとして考えたい。

‥‥っていうのは、どーいうことなのだろう?! このつづきは次回noteで聞くです。雲にすこしかくれた月がめっちゃきれいだったしー。そんで、よいれんきゅーを過ごしてね!!!

平成28年9月17日



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