見出し画像

面会と後悔。

昨日のブログでは、
昨月亡くなった父に関する、
後悔とは言えない後悔、
みたいなことを書いたのですが。

このほかにでも、
もっと、そうではない、
後悔と言える後悔、
というのもありまして。

それは、父が入院中のとき、
なかなか面会へ行けなかったことです。
いや、「行けなかった」と言うよりも、
「行かなかった」のほうが、
正しいのかもしれない。

今年、感染症予防のため、
入院患者への面会禁止になったのは
しょうがないから、
それは、考えないとしても、
それ以前でも、たとえば、
ぼくの体調がよくなかったり、
という場合もあれば、
すこしおっくうに感じてしまったり、
また、足が遠のいたりしたこともあった。

それは、たぶん、
昨日のブログでも書きましたが、
あるころ、家庭内の状態が原因で、
父が、市内のアパートで
一人暮らしをするようになったことについて、
ぼくがわだかまりだったり、
距離感の遠さだったり、
もっと言ってしまえば、
憎しみのようなことを抱いていたやもしれない。

もしかしたら、父も、
そう想っていたかもしれないが。。

面会へ行くのが、けっこう
ひさしぶりになってしまったときには、
「なかなか来られなくてごめんね。
 また、すぐ来るからね。」
と父に伝えて。そして、
すこし早めの数日後でまた面会行けば、
父はその日、あんまり、
体調がよくなかったのかもしれない。
父から「もう帰っていいよ。」と言われて、
そうして、すぐ、
面会から帰ってきた日もある。

そう言われてしまえば、また、
なかなか面会行きづらくなる。
ということも考えたけれども。

今思えば、やはり、
当初からぼくが、
父への気持ちを切り替えながら、
面会へ行けてたらよかったのだろう。

でも、それが、
ぼくには、できなかった。。。

今年の四月ごろから、
感染症予防のため面会禁止となり、
八月ごろには、いちど、
面会できるようになった時期もありましたが。
そのころ、
ある書類を届けに病院へうかがったとき、
看護師さんから
「明日からまた面会禁止になってしまうので、
 会いに行ってあげてね。」
とおっしゃって。
その日、すこし風邪ぎみだったぼくは、
一度は断るも、でも、考え直して、
父の病室へ。このとき、
父はベッドで寝ていたから、
起こさずに、遠くから見ただけで帰宅した。

それが、父と
ふたりで会った最期のときになったけれども。
あのとき、父を起こして、
なにかしら、
コミュニケーションを取ればよかったのか?!
みたいなことは、やっぱり、想うし。
このことについて、
すこし後悔もあるかもしれないなあ。

でも、ぼくはそのとき、
そう判断したんだよね。

令和2年12月15日

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?